第二回:なんだか噓くさいあの子

12歳の焦燥と孤独。女子校が舞台の青春小説、試し読み

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
テキスト:安壇美緒 装画:志村貴子 編集:谷口愛、野村由芽
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星見寮は校舎の裏手にあり、遠方から来た生徒たちが暮らしていた。宮田はその新築特有の匂いを嗅ぐ度、どこかまた別の場所にやって来たかのような、妙な感覚に襲われた。
「あ、宮田さん。ちょうどいいところに来た」
おかえり、と寮監室の小窓から玄関に顔を出したのは、寮母の杉本聡子だった。
「頼まれてたピアノ教室の件だけど、さっき音楽の佐田先生にも聞いてみたの。個人教室だとネットに載ってないこともあるかなって」
ありがとうございます、と頭を下げると、ちょっと待ってて、と杉本が席を立って玄関先に回り込んだ。
「なーんかね、ここから通える距離の教室、本当は三つあったんだけど、宮田さんの受賞歴とか伝えたら二つは断られちゃって」
大きなチェック柄のエプロン姿は、中高生の寮母というよりも保育士を連想させる。杉本は寮生の親世代よりも少し年上らしかったが、はっきりとした顔立ちのおかげか若く見えた。
「だから実質、ここの教室しかないんだけど、佐田先生曰く、結構キツい感じの先生らしいのよ。実際、電話してみたら確かに気難しそうなおばあちゃん先生だったわ」
地図のコピーを手渡され、宮田はもう一度頭を下げた。寮からピアノ教室までの道のりに、黄色くマーカーが引かれてある。
「試しに見学するもよし、諸々考え直すもよし。もし寮の自転車使うなら、予約表に書いてってね」
はい、と頷いた宮田に、杉本はにっこりと微笑んだ。
「おスギー、週末に親戚んち行くんで外泊届ください」
ぱたぱたと上靴を鳴らして廊下を駆けて来たのは、同部屋の羽鳥由梨だった。こーら走らない、と杉本が振り返る。
「誰よ~おスギって。私、いつからおスギになったの?」
「親睦を深めるために杉本さんのあだ名決めようって話になって。あ、佳乃おかえり。さっき真帆がダンスの練習やろって言ってたよ。夕飯食べたらレク室だって」
「ダンスって、歓迎会の? ちゃんと練習始めてるんだ」
杉本が聞き返すと、結構大変なんだよ準備、と由梨が屈託なくため口で笑った。ぱっと見、地味な印象の由梨は、喋ればとても快活だった。
寮の歓迎会は、近々予定されていた。歓迎会といっても、一期生の宮田たちに先輩はいない。寮生同士の交流を兼ねて、全員が班ごとに出し物をすることになっていた。
「じゃあ当日、あなたたちのダンス楽しみにしてるからね。練習頑張って」
杉本に手を振られ、宮田はまた会釈した。行事ごとは苦手だった。そういったものを一切合切、楽しいと思えたことがない。

寮の半地下にあるレク室は、出し物の練習で賑わっていた。スポーツウェアのカラフルな色が、部屋のあちこちに散らばっている。
宮田が周りを見渡すと、どの班も似たような練習に励んでいた。
「私って、実は特待生なんだよね。入試で成績良かったから。ちなみにもう一人は叶。ほら、級長の可愛い子。奥沢さん」
休憩中、鼻高々に自慢話を始めた馨を、すごいじゃん、と由梨が素直に褒めた。特待生、という耳慣れない単語に、宮田も思わず顔を上げる。
「特待生って馨と奥沢さんの二人だけなの?」
「そ。すごいっしょ?」
実際すごいよ、と由梨が感心すると、気を良くした馨が照れた。
「馨って、ほんと自分からそういうこと言う人なんだね」
からかうように笑ったのは、同じ班の冴島真帆だった。ストレートの髪がさらりと揺れる。
「ていうか馨が成績優秀者なんて意外過ぎ」
「それどういう意味?」
「だって普段の行いっていうか、ノリがバカっぽいから」
奥沢叶はわかるけどな、と館林悠がわざと口を挟む。はあ~? と馨がふざけて凄むと、真帆が手を叩いて笑った。
歓迎会のダンスの班は、そのまま寮内の友達グループになりつつあった。同部屋の由梨と、うるさい馨。東京出身で、いつもペアでいる真帆と悠。
「特待生ってさ、学費タダとかそういうこと?」
「そーでーす」
「じゃあ後で馨に自販機のお茶おごってもらお」
「おごらんわ!」
馨たちが談笑している傍らで、宮田はひとり、考えていた。
入試の上位二名が、奥沢叶と北野馨?
さすがに自分が二位にも食い込んでいないことはあり得ないような気がして、宮田は一度冷静になった。いくら一発勝負とはいえ、この子にまで負けたとは考えにくい。自己採点だって悪くはなかった。
終わってしまったこととはいえ、入試の件は気になった。
誰に聞いたらわかるだろう?
「その特待生制度って、もしかして地元組にしかないの?」
当てずっぽうにそう口にしてみると、案外、それはしっくりときた。欠けたパズルのピースがはまる。
「はあ? あんた何、いきなり……」
自慢話にけちを付けられた馨が、その声を低くする。軽快に回り続けていた歯車がいきなり錆びたかのように、場の空気が急に軋んだ。
「よっしゃ、義務学習始まる前にあと二回くらい全体通そ? イントロの振り、あたし、まだあやふやだからさ」
まだ色も形もない友人グループを繫ぎ合わせるために、由梨がわざと明るく振る舞った。音楽が再生されると、少女たちはばらばらに、ゆっくりと立ち上がった。

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PROFILE

安壇美緒
安壇美緒

1986年、北海道生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2017年に『天龍院亜希子の日記』で第30回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。

INFORMATION

書籍情報
書籍情報
『金木犀とメテオラ』
著者:安壇美緒

2020年2月26日(水)発売
価格:1,870円(税込)
『金木犀とメテオラ』

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
12歳の焦燥と孤独。北海道の女子校を
舞台にした小説。1章分を試し読み掲載

第一回:北海道? まさか私の話じゃないでしょ?
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