第三回:「絶対に首位はとらせない」

12歳の焦燥と孤独。女子校が舞台の青春小説、試し読み

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
テキスト:安壇美緒 装画:志村貴子 編集:谷口愛、野村由芽
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東京生まれの秀才・佳乃と、完璧な笑顔を持つ美少女・叶。北海道の女子校を舞台に、思春期のやりきれない焦燥と成長を描く、青春群像小説。繊細な人間描写で注目を集める新人作家・安壇美緒による書き下ろし長編。

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翌日、宮田はまだひと気のない時間帯に登校した。
職員室を覗いてみると、出勤している教員はまだ少なかった。開校して間もない職員室はそれらしい雰囲気に欠け、所有者のない新品のデスクが部屋を空疎に見せている。
からからと引き戸を開けると、担任の落合が振り向いた。宮田が席まで行くと、落合は少し困った顔で、プラスチックのスプーンを持つ手を止めた。
「おはよう。こんな早くに、どうしたの?」
「入試の結果について知りたいんですけど」
藪から棒な質問を受けて、入試? と落合が聞き返した。ばつが悪そうに、食べていた果物ヨーグルトを手で隠している。
「結果って、点数ってこと?」
「点数と、順位です」
「……先生、入試のことはちょっとわからないんだけど」
落合が職員室内をきょろきょろと見回す。頼りなげなその姿を、宮田は冷ややかに見下ろしていた。
「誰ならわかりますか? 入試関係」
「堂本先生かな……でもすぐはわからないと思うけど。あ、堂本先生」
丁度、コピー室から出て来た教頭の堂本忠嗣を落合が呼び止めると、厚い眼鏡をかけた恰幅のいい中年男が歩みを止めた。
「ん? なに?」
「あの、……入試結果を聞きたいらしくて」
一瞬、落合が言葉に詰まったことに気がついて、宮田は小さなショックを受けた。自分はまだ、担任に覚えられてすらいないのだ。
「入試結果?」
「自分の点数と順位が知りたいんですけど」
宮田が気強く詰め寄ると、臼に似た顔が破顔した。
「君、熱心だなあ」
これぞ築山スピリッツですよ落合先生、と堂本がそれらしいことを言う。古い倉庫のような体臭に、宮田は鼻呼吸をやめた。
「調べておきますよ。君、名前は?」
「宮田佳乃です」
「ああ! 宮田佳乃さん」
なーんで彼女を覚えていないんですか落合先生、と笑いながら、堂本が自席のマウスを握る。
どうやら少しは認知されているらしい、と宮田は内心、ほっとした。この現金そうな笑顔は気持ち悪かったが、それはそれだ。
「君、相当優秀でしたよ。これって本人が照会するのはいいんだっけ?」
「いえ、私は入試関係はちょっと……」
落合の返事を聞かず、堂本は立ったままパソコンを触り続けた。カチカチ、カチカチ、とマウス音が鳴る。
「東京会場の問題はかなり難易度が高かったんですけど、宮田さんはすごかったですね。築山を選んだのは君の希望?」
堂本の質問を無視して、宮田はすぐに聞き返した。
「会場別に入試の問題、違うんですか?」
「違いますよ」
南斗と東京では難易度がかなり違うので、と堂本は言い切った。
「東京は難関校が多いですからね。はっきり言うと、現地ごとの受験生のレベルに合わせています」
「……特待生の枠があったって聞いたんですけど、それも会場ごとですか?」
「そうですね。特待の枠は南斗だけです。やはりそこは地元なので」
今年の特待は二人かな、と堂本がキーボードを叩く。芋虫のような、太った指だ。
「宮田さんも、特待、狙ってました?」
「いえ別に」
「もうちょっと待ってね、一覧どれだっけな」
宮田はもう腑に落ちていた。
初めから、自分と奥沢は同じ土俵にはいなかったのだ。
すっかり安心した宮田は、同時に築山学園への失望を深めた。やっぱり、その程度の学校なのだ。
「総代の挨拶、特待生だから任されちゃったのかなって奥沢さんが言ってたんですよね」
うすら笑いを浮かべながら、宮田は些細な噓をついた。
「挨拶?」
「入学式の」
決して自分が劣っていたわけではない、という確信を持つための小さな噓を。
「ああ。あれはちゃんと成績順で決めました」
宮田が堂本を振り向くと、あったあった、とその顔がモニターに近づいた。
「……成績も、会場別に出してるんですよね?」
「そうですね。二会場合わせても、満点は彼女だけでした」
宮田さんはね、372点だ、と堂本がエクセルの数字を読み上げた。
「でも東京入試で満点はあり得ないですからね。他校に合わせて、かなり難しくしてあるんですよ。それで君、これはすごい。東京会場は宮田さんがダントツ一位、で合ってますね。そうですね。間違いないです。だから教員はみんな覚えてるはずなんですよね、落合先生?」
私が照会しちゃいましたよ入試担当いないから、と面白いことを言ったかのように堂本が落合に笑いかけた。落合の笑いは短い。
ショックなのか、なんなのか、宮田はよくわからなくなった。
「今からそれだけ熱心にやるのはいいことですよ。六年間なんてあっという間だ。君みたいな優秀な生徒には大いに期待していますから、これからも頑張って」
煙に巻かれたような気持ちで宮田が立ち尽くしていると、背後で戸の開く音が聞こえた。
「おや、噂をすれば」
堂本の言葉に宮田が振り返ると、奥沢叶が立っていた。入るなり複数の視線に晒された奥沢は、不思議そうな顔で堂本に会釈した。
いつの間にか廊下には朝の音楽が流れていて、校舎は生徒たちの声であふれていた。
「優秀な生徒が多いクラスで嬉しい限りですね、落合先生」
落合のデスクからノートの束を回収しようとしていた奥沢は、その言葉に手を止めた。もう解放して欲しそうに、落合が苦笑する。
こちらの視線に気がついたのか、奥沢も宮田をちらっと見た。
「奥沢さん。奥沢さんは、南斗の入試会場で一番の成績でしたね」
話の流れも知らされず、いきなりそう切り出された奥沢は、漆のように黒い目を見開いた。
「……そうなんですか?」
「そうなんです。特待生二名のうち、より点数が高かったのは君です。なんと四教科で満点でした。実に素晴らしい」
先生、個人情報とかどうなんでしょう、と落合が口を挟んでも、堂本の舌は止まらなかった。
「ちなみに、こちらの宮田佳乃さんは東京会場の首席です。彼女も非常に優秀だ。君たち二人で一期生を盛り上げて、築山を引っ張って行ってください。どうぞ仲良く」
堂本に無理やり促され、宮田は奥沢と向き合った。強引な展開にもかかわらず、目の前の奥沢は落ち着いていた。
こいつに何か生々しい感情はないのだろうか?
宮田が無愛想に突っ立っていると、奥沢がすっと白い手を差し出した。そんな文化圏でもないのに、随分と気障だ。
「すごいね、宮田さん。これからよろしく」
 心にもないことを、と宮田は思った。
「……こちらこそ」
 差し出された右手に手を伸ばすと、想像よりもはるかに奥沢の手はつめたく乾いていた。職員室前の廊下に、生徒の爆笑が轟いた。

PROFILE

安壇美緒
安壇美緒

1986年、北海道生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2017年に『天龍院亜希子の日記』で第30回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。

INFORMATION

書籍情報
書籍情報
『金木犀とメテオラ』
著者:安壇美緒

2020年2月26日(水)発売
価格:1,870円(税込)
『金木犀とメテオラ』

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
12歳の焦燥と孤独。北海道の女子校を
舞台にした小説。1章分を試し読み掲載

第一回:北海道? まさか私の話じゃないでしょ?
第二回:なんだか噓くさいあの子
第三回:「絶対に首位はとらせない」

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