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第二回:なんだか噓くさいあの子

12歳の焦燥と孤独。女子校が舞台の青春小説、試し読み

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
テキスト:安壇美緒 装画:志村貴子 編集:谷口愛、野村由芽
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東京生まれの秀才・佳乃と、完璧な笑顔を持つ美少女・叶。北海道の女子校を舞台に、思春期のやりきれない焦燥と成長を描く、青春群像小説。繊細な人間描写で注目を集める新人作家・安壇美緒による書き下ろし長編。

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2

南斗市はその名に反して北国にある。
平成の大合併の際に複数の町村がひとつにまとめられ、北海道で四番目の規模の都市としてリスタートを切った。それから十数年が経つ。
「委員会と係、何やる?」
トントン、と軽快に肩を叩かれ、宮田は後ろの席を振り返った。
「まだ決めてない」
「あたし何にしよっかなー、実験あるし理科係がいいかな」
一緒のやつやろ、とみなみが額を出した丸い童顔をほころばせる。
入学式で宮田に話しかけてきたポニーテールの森みなみは、出席番号が前後なこともあり、何かと声をかけてきた。
ホームルームの時間、所属の委員会と係を考える時間を与えられたクラスはざわめき、そこかしこで笑い声が上がっていた。
「東京ってさ、雪降ったら電車止まるってまじ?」
粉雪が降り始めた窓の外を見上げて、みなみが尋ねた。
「……場合によっては」
「その場合によってはって言い方、かっこいいな」
「南斗っていつもこんなに雪、降るの?」
「いや~今年は異常。さすがに四月はあんまないよ」
では黒板にネームプレートを貼っていってください、と担任の落合恵が言うと、生徒が一斉に立ち上がった。理科係でいいよね、と確認して、みなみも黒板前に駆け寄る。
入学生総代の奥沢叶は、学級委員をやるようだった。
「級長、奥沢かあ。それっぽいな」
自席に戻ってきたみなみが、宮田も結構それっぽい、と笑った。
名前を聞かれた時からずっと、宮田は苗字で呼ばれていた。別に嫌ではなかったが、変わった子だな、と思った。
「宮田も級長とかやったことある?」
「ある」
「やんなくていいの?」
「なんで?」
「クールだね宮田」
何がおかしいのか、みなみは宮田の言動や態度にけらけらと笑い出すことがよくあった。笑われても困るのだが、それが不快というわけではなかった。
みなみは子どもっぽかった。今までの自分の交友関係と照らし合わせてみても。
「てか寮、慣れた?」
「まあまあ」
「自分で洗濯とか全部するんでしょ。超大変じゃない?」
「……それは家でも一緒だし」
うっそ超えらいね、というみなみの声は、落合の号令にかき消された。
「残り時間で、前期のクラス目標を決めてください。学級委員の奥沢さんと北野さん。早速ですが、進行よろしく」
頰杖をついて窓の外を見ると、雪の量が増えていた。曇った空が、乳のように白く澱んでいる。
教壇に立った奥沢は、ぱっちりした目を輝かせて潑剌としていた。
「では最初に五分間、時間を取りたいと思います。どんなクラス目標がいいか、周りの席の人と一緒に考えてみてください」
はきはきとして、いい声だ。総代挨拶の時と同じ、澄んだアルト。
まだ学校が始まって間もないというのに、奥沢叶はその圧倒的な存在感で、優等生の座に落ち着いてしまった。
「目標とか言われても、特にないよね」
みなみが宮田の背を突いて、にやにやと笑う。
宮田がこの数日間でわかったことは、やる気があってこの学校に来た生徒はほとんどいないということだった。首都圏組は最終すべり止め校として築山を受け、地元組はそもそもここしか私立がなく、受験という受験を知らずしてここへ来ていた。
ようするに、ここにいるのは中学受験に敗れた落ちこぼれと、何も知らない田舎の子どもと、あるいはわざわざここを選んだ変人のどれかなのだった。
何が進学校だ、と宮田は呆れた。
確かにカリキュラムのボリュームは密で、高校一年までに高三までの全範囲が終わるよう詰め込まれている。しかし、肝心の生徒がこれでは、どうにもなりはしないのではないか。
どうして自分がこんなところにいるのだろう、と考える度、だけど自分はここですら一番を取れなかったのだ、という苦い気持ちがこみ上げる。
親指の爪をカリッと嚙むと、また爪の先が短くなった。
「では、何か案を思いついた人は挙手してください」
奥沢がチョークを構えると、はいはい、と何人かが勢いよく手を挙げた。小学生気分が抜けていない生徒たちは、まだ挙動が忙しない。
その中で、奥沢の佇まいは浮いていた。奥沢叶にはそつというものがなかった。
宮田は、奥沢を東京出身だと勝手に思い込んでいた。自分より好成績を獲る者が、こんな田舎にいるとは思わなかったのだ。寮に奥沢の籍がないと気づいた時には息を呑んだ。
奥沢は自宅生で、市内からバスで通学しているらしかった。
「『仲良くあかるいクラスにする』で!」
「やや小学生っぽいけど、いいじゃん!? 可愛くて」
もう一人の学級委員の北野馨は、奥沢と対照的だった。馨が芸人を真似た司会をすると、その都度、教室に笑いが起きた。
その中でぼんやりと、宮田は窓の外に降る雪を眺めていた。
クラスの目標はどうでもいいが、個人目標ならずっとある。
宮田は東京大学に行きたい。
「うわ、すご。奥沢さんの字、国語の先生みたいじゃん!」
端正な字が黒板に並ぶと、馨が大袈裟にそれを褒めた。はにかんだ奥沢に、可愛い、と野次が飛ぶ。
その可憐な微笑みが、宮田には何故か演技に見えた。常時テレビカメラに取り囲まれているのかとでも思うくらい、奥沢は表情に無駄がない。
なんだか噓くさい子だな、と思った。
「『学校行事に本気になる』とか具体的でよくない?」
「それ、超わかりやすい! 先生、最初の行事ってなんでしたっけ。バス遠足?」
五月の遠足の概要を落合が話すと、おおー、とクラスがどよめいた。
沸く教室の片隅で、宮田は六啓舘の最終日のことを思い出していた。
塾も学校も一緒のクラスで、親友だった池内彩奈が、わざわざ言った言葉はこうだ。
私は、佳乃の分まで頑張るね。
北海道の僻地の無名校に行くことが決まった自分は、受験から降りたどころの話ではなかった。
人生から降りたと思われたのだ。
模試の順位も、ピアノの技量も負けたことのない彩奈から、引退を宣告されたことがどれ程の屈辱か。
再来週には、初回の実力テストがある。そこで絶対に、奥沢を下して首位を取ろうと宮田は思った。それができなければ、何も始まらない。
東京へは絶対に戻る。
「あ、吹雪いてきた」
多数決でクラス目標が決まった頃に、雪の勢いは激しくなった。つま先が冷える気温の中では、落合の春色のセットアップが寒々しい。
窓の外の白く澱んだ景色を、宮田は睨み続けていた。

PROFILE

安壇美緒
安壇美緒

1986年、北海道生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2017年に『天龍院亜希子の日記』で第30回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。

INFORMATION

書籍情報
書籍情報
『金木犀とメテオラ』
著者:安壇美緒

2020年2月26日(水)発売
価格:1,870円(税込)
『金木犀とメテオラ』

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
12歳の焦燥と孤独。北海道の女子校を
舞台にした小説。1章分を試し読み掲載

第一回:北海道? まさか私の話じゃないでしょ?
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