第三回:「絶対に首位はとらせない」

12歳の焦燥と孤独。女子校が舞台の青春小説、試し読み

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
テキスト:安壇美緒 装画:志村貴子 編集:谷口愛、野村由芽
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3

湿度のない乾いた風が、白樺の木々の間を吹き抜けていた。
「それって宮田、超すごいんじゃん?」
頭良さそうだと思ってはいたが、とみなみがストローを嚙みながら目を丸くする。
昼休み、校舎の裏林にやって来た宮田は、朝の一件のことをみなみに話した。別のベンチでは、他の生徒たちも弁当を広げている。
「それって宮田が学年トップってことじゃん。言ってよ……」
「そうとも限らないと思う」
「え、なんで?」
「奥沢さんは満点だったらしいから」
南斗会場の入試問題がどんなレベルだったのかはわからないが、全教科で一点も取りこぼさないというのは容易なことではない。宮田はそれがわかっていた。
「でも、宮田が解いた入試の方がずっと難しかったんでしょ」
「まあ」
「じゃあ実質一位じゃん」
宮田がメロンパンの袋を裂くと、メロンパン好きなの? とみなみが尋ねた。
「別に……」
「それ、自分で頼んだんじゃないの?」
「なんか適当にチェックした」
まだ購買部のない築山学園では、日直が希望者のパンの種類と個数をまとめて担任に提出することになっていた。
「あたし、菓子パンってあんまりなんだよな。コロッケとかメンチとか、おかず系じゃないと全然食べた気しなくない? ていうか、パンだけで足りる?」
「お弁当だと洗うのめんどくさいから」
あらかじめ申請すれば、寮生も手製の弁当を食べることができた。しかし、弁当箱を洗って用意するのが面倒で、宮田は毎日菓子パンで昼を済ませていた。
「メロンパンにジャムパンじゃ栄養足りないぞ、優等生」
まあ脳みそはもう十分働いてんだろうけど、とみなみが自分で突っ込みを入れる。
「寮のダンス、順調?」
「全然」
「宮田、細いしダンス出来そうなのに」
「運動好きじゃないから……」
「背ぇ高いのにもったいない。あたしはチビだからなあ」
「これからまだ伸びるでしょ」
「伸びないよ、うちの親もチビだもん。宮田んとこ、親も背ぇ高いでしょ? お父さん何センチ?」
メロンパンの固い部分に嚙り付くと、パン生地が潰れて歯形が残った。歓迎会、あたしも観に行きたいなあ、とみなみの話題はコロコロ変わる。
「のんびり授業も今週までか。ずっとこの生活でいいのにな」
週明けからは通常カリキュラムへ移行し、放課後講習も始まる。みなみはそれが憂鬱らしかったが、宮田は何とも思わなかった。六啓舘に当てていた時間が、学校の講習に変わっただけだ。通塾がないだけ楽だった。
再来週には初回の実力テストがある。
「実力テストってさ、勉強しなくていいんだよね。実力だから」
「さあ……」
「えっ宮田、やってる?」
「そこそこ」
六啓舘時代に使っていたぶ厚いノートを、宮田は読み返していた。難関校入試に耐え得るノートだ。この春に来た教科書だって、ひと通り目を通している。
絶対に、奥沢に首位は取らせない。
「そういうこと言う奴に限ってめっちゃ勉強してんだよな~」
「みなみもやれば?」
「だって実力テストは実力を出すイベントですから」
ほれ菓子パンの人、肉食べな、とみなみが弁当の中のナゲットを差し出す。宮田はそれに一瞬怯むと、慣れない仕草で他人のフォークに顔を寄せた。

閑散とし始めた夜の食堂に、宮田たちはまだ残っていた。バスケ部の集団が去ってしまうと、途端に辺りは静かになった。
テレビでは、夜のニュースが丁度ローカル版に切り替わるところだった。 
「この図、慣れないんだよな。いまだに」
北海道全域の天気図を指して悠が言う。
「なんで?」
「関東の地図に目が慣れてるから変な感じ」
へえ、と旭川出身の由梨が不思議そうに頷いた。
「てか、北海道って桜、咲くんだ……」
真帆の呟きに宮田もテレビを見ると、桜前線が映っていた。ゴールデンウィークが見頃だと、若手の気象予報士が言う。
「咲くよ! なんだと思ってんの」
「入学式ん時見かけなかったから、咲かないんだと思ってた」
「内地より遅いだけでちゃんと咲きますう~」
東京で花見ったら三月末とかだよ、と真帆が言うと、何でもかんでも東京が中心だと思うなよ、と十勝出身の馨がカレーをかっこんだ。
「じゃあ逆に東京って、卒業式とか入学式で本当に桜、咲いてるの?」
当たり前じゃん、と悠が言うと、えーマンガみたい、と由梨が笑った。
連休中のイベント情報を眺めながら、真帆がふと呟いた。
「桜前線ってさ、下から来るじゃん? 南から。あれって本当に、南から一本ずつ迫って来るの?」
さあ、と興味なさそうに悠が首を傾げる。
「ねえ、そこの特待生の人。知ってる?」
「知ってるわけないじゃん、そんなの……」
甘えた仕草で真帆に頰を突かれた馨が、うざったそうに顔を背けた。
「え、知らないの? 入試、上位なんじゃなかったの」
「それ関係ないでしょ! 何、突然」
「あたし、これ系の疑問はめっちゃ気になってしまう派」
なんで、なんで、としつこく肩を揺すられた馨が、うっさいわ! と大声を上げた。
「……桜前線で同じエリアにある桜は、同じタイミングで咲くよ」
見かねて宮田が口を挟むと、全員がこちらを向いた。
「え、南から一本ずつ咲いてくんじゃないの?」
「違う。関係してるのは方角じゃなくて積算温度」
「何それ」
真帆がぽかんとする。
「ソメイヨシノの開花条件は二月からの積算温度が600度を越すってだけだから、場所によっては南北も前後してたはず。だから気象条件さえ同じなら、同じタイミングで一斉に咲く。南から順に咲いてくわけじゃない」
宮田がそう説明すると、何かが癇に障ったのか、馨が無理やり難癖をつけた。
「一斉に咲くってことはないでしょ?」
「なんで?」
「こ、個体差がある……」
それらしい単語で対抗しようとした馨を、宮田はすぐに退けた。
「ソメイヨシノはこの世に一株しかないから、個体差もない」
桜なんて日本中に死ぬ程生えてるでしょ、と馨に鼻で笑われて、少し腹が立った。
「その死ぬ程生えてるサクラは全部、最初のサクラのクローンなの。最初の一株が接ぎ木でコピーされただけ。だからソメイヨシノに個体差なんてないし、日本のどこで桜を見たって、見てる花は同じなんだって」
それって、ちょっとホラーじゃん、と悠がぼそっと呟いた。
「……宮田さん、すごくない?」
真帆にまじまじと見つめられ、やり過ぎたなと宮田は思った。
「全然。ただの塾の受け売り」
「通ってた塾って、どこ? 宮田さんって東京出身でしょ」
急に親近感を持って接してきた真帆を、宮田はいつもの癖で警戒した。
「……六啓舘だけど」
「うっそ」
真帆が悠に目配せすると、二人は途端ににやつき始めた。
「六啓舘の人、初めて見た! 宮田さん、すっごいね!?」
「すごくないよ」
「でも六啓舘なら、いくらでも行ける学校あったでしょ? 宮田さん、なんでこんなところ来たの?」
話の流れを摑めていない馨が、何それ、と口を尖らせた。その無知を真帆が笑い飛ばす。
「馨、中学受験やったのに六啓舘も知らないの?」
「知らないよ!」
東京に一校しかない進学塾だ。馨が知らなくてもおかしくない。
「全員、東大コースみたいな塾なんだよ。普通の人じゃ入れない」
どうしてか真帆がそう誇らしげに自慢する。言わなければよかった、と宮田は後悔した。
カレー皿を下げて食堂を出る頃には、もう誰も塾の話はしていなかった。
「絶対もうレク室混んでるよ。明日はもっと早く食べ終わろ」
「バスケ部、すんごい早く食うよね」
築山には親の都合で来ただけだから、といつ言おうかと、宮田はずっと考えていた。だけどみんなはもう別の話をしていて、きっとそんなことなど覚えていない。
「佳乃、行くよ~」
食器の返却口の横でぼうっとしていた宮田の手を由梨が引っ張る。寮の廊下はつるつると眩しく、光がいくつも反射していた。
宮田さん、なんでこんなところ来たの?
半地下のレク室へ下りて行く間、宮田の頭の中にはその言葉がずっと巡っていた。

(第四回へつづく)

PROFILE

安壇美緒
安壇美緒

1986年、北海道生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2017年に『天龍院亜希子の日記』で第30回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。

INFORMATION

書籍情報
書籍情報
『金木犀とメテオラ』
著者:安壇美緒

2020年2月26日(水)発売
価格:1,870円(税込)
『金木犀とメテオラ』

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
12歳の焦燥と孤独。北海道の女子校を
舞台にした小説。1章分を試し読み掲載

第一回 北海道? まさか私の話じゃないでしょ?
第二回:なんだか噓くさいあの子
第三回:「絶対に首位はとらせない」

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