自分の幸せを自分で決めるということはできる。そういうふうにトレーニングすることもできる。
—「川上未映子のびんづめ日記」の連載のなかで、歳を重ねることについての赤裸々なエピソードが印象的でした。「昔に比べて顔が長くなる」という描写が生々しくて笑ってしまったのですが、やっぱり女性はかわいいものや美しいものが好きだから、自分の容姿がそこから離れていくことの堪え難さってあるなと。「これがほうれい線ってやつか? 発狂しそう」みたいな。
川上:わかります、わかります。色んなことが気になるうちはね、対策したらいいと思いますよ。私の家にあるサプリの量、すごいですよ。輸入代行業でも始めたんですかって夫が震えてたわ(笑)。めっちゃ飲んでるし、研究に余念がない。でも、だんだん気にならなくなるポイントがあるのかな、とも私自身が思っています。その助けになるのが、ひとつは母の役割だったり妻の立場だったり、「女」以外の現場があるということかもしれない。太っても皺ができても「お母さんだからしょうがないじゃん」って自分に思えるというか。
—子どもに栄養がいってるからね、という。
川上:うん。「こんだけおっきくなったんなら、そりゃ私も老けるわな」と(笑)。理想とか思い込みといった自意識の産物を越えて、自分が自然の側にあるものだと受け入れられるんじゃないかな、とは思う。だからおそらく、子どもを産んでなくて、美意識が高い女性は、おそらく「いつも私は美しくありたい」と思うすごくまじめな人だから、みんなから「綺麗ですね」と言われる回数がだんだん少なくなったら、マイナスだと感じるのかもしれない。でもこれはあくまで個人の問題だよね。母親になっても、美に関する意識というか、つねに迫られている人はいるから。
—ああ、興味深いです。
川上:でも、美にかんしてはやっぱり基本的には撤退戦です。だって加齢は止められない。だからそのときに、自分のまた違う価値観を立ち上げる必要がありますよね。仕事とか、お金とかね(笑)。あっ、ちなみにいまの私の関心はもう美じゃなくて、「健康と長生き」。そのためのサプリ(笑)。コスメも完全に自己満足。誰にも会わなくても新しいコスメ買ったらメイクするし、最高に楽しいよ。
本当はさ、常に自信と力と美しさとで満ちてなきゃいけないわけじゃないのだけれど、なんでもいいから自分を励ます力があると少しラクになるから。とくに不安なときというのは、やっぱり自分でストーリーをつくって、人はやり過ごしていくし、そういうふうに自分を支えるものだから。個人ができる抵抗のひとつとして、自分の幸せを自分で決めるということはできるし、そういうふうに自分をトレーニングしていくこともできる。だから、Instagramで平和でゆるふわな日常を演出するのもまったくいいと思いますよ。疲弊しない程度に。というか、Instagramでゆるふわじゃない写真って何をあげればいいのかっていう(笑)。テキストは誰も読まないし、議論の場でもないしね。私、遅れ馳せながら『早稲田文学増刊 女性号』の存在を、いわゆる文芸誌にふだん興味ない人にも知ってもらいたくてインスタを始めたんだけれど、あまりの平和さに涙が滲んだ(笑)。何これ、こんなオアシスどこにあったんだよと(笑)。
『早稲田文学増刊 女性号』の発売に向け、Instagramを開始
—たしかに。ところで、川上さんが自身のしんどさを引き受けつつ、周りの人まで励ませる明るさというのはどこからくるのですかね?
川上:いえいえ、私は暗いんですよ。「明日は今日より悪くなる」が基本姿勢やもん(笑)。でも、女友達の存在はひとつあるかなあ。女友達はいいよね。だって本当に戦友ですよ。「子どもを産んだ後のおっぱいってさ、しなびたナンみたいよな」「あんた甘いな、半分しか水入ってない金魚掬いのビニール袋やろ」みたいな話ができるのは、やっぱり女友達ならでは……。
—(笑)。たしかに、身体感覚で共感できる話ってありますよね。それこそ生理の憂鬱さとかもそうだし。
川上:うん、私は最後に女友達が残ればいいなと思っている。
—へえ。面白いです。
川上:ひとりかふたりでいいけどね。そんなたくさんはいらない。で、そういう存在が、夫であってもいいわけやん。だからね、やっぱり、自分がリラックスできる場所を見つけるのが大事ですよ。自分にとってリラックスできる場所を持っていることと、社会に対して、何かに対して意見と表明しつづけるということは矛盾しないんですよ。誰も犠牲になる必要はない。
『早稲田文学』も女性号をつくるだけで「怖い」って言われたりもしたけど、女が集まったら爆弾でもつくらなあかんのか! って話やろ。女性が集まって何かするだけでも、人に説明しなきゃいけないのは、やっぱり妙なことだから、これを当然のこと、すごく普通にあることにしたいです。だからShe isもね、いろいろ言ってくる人がいるかもしれないけど、そういうのはスルーで。すばらしい試みだと私は思います。
好きなものを好きって言えるのが大事です。私の人生は私が決める、でいいんです。
—ありがとうございます。女の人も、男の人も、そのどちらでもない人も、疎外されずにありたいですよね。『早稲田文学増刊 女性号』には、総勢82名の書き手が集っていますが、どんなラインナップなのでしょう?
川上:いい作品を書いている人。あとは、このテーマを投げかけたときにどんなものを書いてくれるんだろう? とそわそわさせてくれる人。現代だけではなく、過去の作品の再録もあって、それは私がいままで生きてきたなかで、好きで、励ましてもらったもの。まだそれを読んだことがない人に、読んでほしいと思って入れました。本当にすばらしい一冊になったと思います。
—これは歴史的な本になると思います。世代も国籍も生きているか死んでいるかも問わず、さまざまな女性の書き手の作品が集まっていますね。
川上:生きている人も死んでいる人も全部、作品の流れでつくりました。読者にはすべて同時にあってほしいという気持ちで。
校了中の様子
—一冊にすることで見えてきた、新しい女性や、人間の姿のようなものはありますか?
川上:ここに集まっているのは全員、世界に対して、強烈な違和感を持っている人たちですね。もちろん、ものを書く人間は少なからず違和感はあるのですが、自分の持っているその感覚を上等のものだと信じて、それを疑わずに書いている人もなかにはいるから。それに比べると、この本で書いてもらった彼女たちは、自分の持っている違和感そのものを疑っている感じがすごくします。
—違和感そのものを疑う。
川上:つまり、全員批評性がある書き手たちということです。たとえば今号のテーマで言うと「自分が女性であることがどういうことなのか?」ということをまず疑っている。女である自分を常に掘り下げて更新して存在していながら、世界や言葉がこのように存在しているということのひとつひとつに対して、ものすごく自覚的である人たちに声をかけさせていただきました。
十代の頃に影響を受けた松井啓子の詩も再録
俳人・池田澄子の句も収録/「永き夜の可もなく不可もなく可なり」(写真に掲載されている『拝復』より)
—いまに対する違和感、批評性を持っている人は、過去にも現在にも、たぶん未来にもいるということですよね。今回、She isでテーマとしている「未来からきた女性」というのも、どの時代にも、先を見据えている人はいるし、その人のまなざしによって私たちは生かされている、という思いで言葉にしたので、勝手に共感するところがありました。個人的には、『韓国大衆音楽賞』を受賞して、その場でトロフィーをオークションにかけたミュージシャンのイ・ランの文章が気になります。
川上:うんうん。書き手の人は、みんなちがった個性で、本当に面白いですよ。でも、なんかこう、全体を貫くトーンがあってね。
—はじめの話に戻りますが、目次を眺めるだけでもいろいろな女性がいるなという感じがします。
川上:一冊を通して感じてもらえるものがあったらいいですね。
—表紙もきれいなピンク色ですよね。いろいろ言われがちな色ですが、なぜ選ばれたのですか?
川上:好きなんですよ。好きなものを好きって言えるのが大事です。そう言える環境も関係も含めてね。私の人生は私が決める、でいいんです。それを阻むものがあるとしたら、少しずつ変えていきましょう。大丈夫です。そういうふうにして、人はここまでやってきたのだと思いますよ。
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