相撲や街歩きなど、幅広いジャンルで活躍するイラストレーター・コラムニストの能町みね子さん。『オカマだけどOLやってます。』(2006年)で才覚を表した能町さんは、男性から女性に性別を変え、現在はゲイライターのサムソン高橋さんと「恋愛感情なし」の契約結婚を前提にお付き合いされています。一方、植本一子さんは、写真家としてキャリアをスタートさせた後、夫・ECDさんや二人の娘との生活を、『かなわない』『家族最後の日』『降伏の記録』の三部作を通して、きれいごとだけではない部分までをも切実に記録し、家族のあり方を問うてきた人です。
「多様な社会」を掲げながらも、恋愛や結婚に関して、まだまだ固定概念や「こうあるべき」という空気がただようなかで、自分たちの泳ぎ方で他者との関係を手づくりする二人。肩の力が抜けて少し楽になるような、人と生きていくうえでの新しい考え方を語っていただきました。
※2017年12月16日の対談収録後となる2018年1月24日、ECDさんが逝去されました。“ロンリーガール”などさまざまな名曲や文章を発表され、癌公表後も活動を続けてきたECDさんに敬意を表すとともに、ご冥福をお祈りいたします。
小学生の頃から、世のなかがラブソングだらけなことに違和感があって。(能町)
─能町さんは、お互いに恋愛感情を持っていないサムソン高橋さんと結婚を前提にお付き合いされていて、植本さんは、闘病中のECDさん(2017年12月時点)を看病しながら、二人の娘さんと共に暮らしていらっしゃいます。お二人とも既存のパートナー観を拡張するような生き方を実践されているように感じていて、そのお話をうかがいたいと思っているのですが、まずお二人がお会いするのははじめてですか?
能町:植本さんのことはもちろん存じ上げていましたが、お会いするのははじめてですね。
植本:そうなんですよー! 能町さんの本のことは、『降伏の記録』(2017年)にも書かせていただいているんです。ただ、大変申し訳ないことに、初版で「能町みね子」の「子」を平仮名のまま出してしまっていて……。それを友人のライターである武田砂鉄さんにまず指摘されたんです。本当にすみません……増刷するときに修正したのですが。
能町:ああ、そんな。よくあることです。平仮名と漢字が混じっていてややこしいんですよね。前に、「熊野みね子」でメールがきたことがありますよ。この人は本当にうろ覚えで依頼してきたんだな、と思って(笑)。
植本:(笑)。いや、申し訳ないです……。
─お詫びから始まるんですね(笑)。
植本:『降伏の記録』には、能町さんの『ときめかない日記』(2009年)を買ったということを書いたんです。日暮里にある「パン屋の本屋」にいらした花田菜々子さんが「切実な本」のフェアというのをやっていて、そこにその本があって。能町さんは幅広く活動されているので、本を読んでみて、ああこういう方なんだ、と感じた部分がありました。
能町:最近は相撲や街ネタのような趣味のことばかり書いていて、あまり切実なものは書いていないんですけどね。あれは6、7年前に書いた本で、今思えばもう少し上の年齢でもよかったなとは思うのですが、26歳の処女の話を書いたんです。
女性が主人公だと特に、恋愛にのめり込むタイプのほうが主人公になりやすい気がするのですが、処女だけど本人は焦っていなくて、でもなんとなく周りに急かされて、「恋愛しなきゃいけない」「結婚しなきゃいけない」みたいな圧力を感じている人がどうなっていくかを、自分の経験も多少含めながら書いてみたかったんです。
─それは、能町さんが映画『ニンフォマニアック』のインタビューでもおっしゃっていたような、恋愛至上主義みたいなものに対する違和感から書きはじめたのでしょうか?
能町:そうですね。小学生の頃から、世のなかがラブソングだらけなことに違和感があって、気持ち悪さも感じていました。私自身の体験として、小学生から今に至るまで「この人が本当に好きだった」という経験がほとんどなくて。他の人が恋愛をしているのは楽しそうだなと感じるのですが、人の話を聞いたりすると、自分のなかには恋愛に対する熱い気持ちはあんまりないなと。
「自分にはまともな恋愛はできない」という姿勢がベースにある。(植本)
植本:私の場合は、自分のなかに二人の自分がいるんですよね。一人は「自分にはまともな恋愛はできない」と思っている自分。もう一人は、「恋愛から関係がはじまって、一生ラブラブ」みたいな結婚にいまだに憧れている自分。
石田さん(ヒップホップミュージシャンのECD)という夫と二人の娘がいて、それにもかかわらずどうして彼氏をつくったり、他の人に目が向いてしまっていたんだろう? ということは、これまでの本(『かなわない』『家族最後の日』『降伏の記録』)にも書いてきたのですが、書いても自分があまり変わらないことにびっくりしてしまって。それでカウンセリングに行きはじめて、今ちょっとずつ自分のことを分析しているところなんです。
能町:カウンセリングのこと、他のインタビューで読みました。
植本:「自分にはまともな恋愛はできない」という姿勢がベースにあるので、それであれば自分の人生を切り売りするというかーー言葉が難しいのですが、人生でいろいろ経験して、何でもお金にしてやる、という気持ちで最初は石田さんと結婚したのかもしれなくて。その感覚の延長線でここまで来てしまったようなところがあったのかもって。
そんなふうに思っていたときに、能町さんの何かの文章を読んで、「私生活切り売りしたがりの私たちですから」(編集部注:サムソン高橋・熊田プウ助『ホモ無職、家を買う』のあとがきより)といった一文を目にして、そこに共感したんですよね。「切り売り」の内容も意図も違うと思いますが、自分の行動を少し客観視している部分は、似ているのかなと思いました。サムソンさんとの関係も、「面倒だから恋愛はしたくない」という動機自体が、ちょっと冷静ですよね。いつからその関係をはじめたのですか?
能町:2016年くらいからですね。お互いに恋愛感情はない状態で、結婚を前提に付き合っているのですが、今のところ、籍は入れていなくて。
─籍を入れずにパートナー関係を結ぶことも選択肢としてあり得るかと思うのですが、なぜ籍を入れることを前提にお付き合いをされているのですか?
能町:籍を入れたいのは、単純に法的な理由からです。どちらかが死んでしまったときの財産の問題や、大きな病気をしたときの手術の承諾などは、籍が入っていた方が現状ではスムーズですよね。あとまあ半分は、面白がっているところもあるんですけど。
─面白がっているというと?
能町:「籍入れちゃうのって面白いな」という気持ちがあるんですよね。極端に言うと、結婚という制度をゆさぶってやろうみたいな、そういういたずらみたいな気持ちも半分ぐらいあって。
─「面白い」というのは、どういう前提を踏まえての面白さでしょう? 例えば、今の日本の法律では同性婚を認めていなかったり、まだまだ多様なパートナーのあり方を包容できる制度ではないということを踏まえたうえで、そこにあえて乗っかってみる面白さというようなことでしょうか?
能町:結婚って、法的には書類を出せばできるじゃないですか。そういう意味では、結婚するかしないかということに、好きかどうかなんて別に関係なくて。結婚というと、恋愛からスタートして両思いじゃないといけないとか、子どもがいないといけないとか、なんとなくの圧力のようなものがある気がするのですが、実際には、紙切れ一枚で結婚になってしまうのだというところを茶化したいような気持ちがあるんですよね。だから、口だけじゃなくて、自分もやってみようと思ったんです。何らかの不具合が発生したらすぐ離婚してみるのもいいと思っていて。
植本:いいですねー。
能町:ただ、もちろん相手も同じ考えかというとそういうわけではなくて、籍に関しては、サムソンさんがあんまり積極的じゃなくって。無理強いしてまで入籍したいとは思わないので、今のところはっきりと目処が立っているわけではないんですけどね。
植本:相手がいることだから難しいですよね。
能町:そうですね。今のところ喧嘩らしい喧嘩はないんですけど、恋愛関係じゃなくても、こんなに意見が合わないことがあるんだなって。恋愛しなくてもそこの難しさはあまり変わらないなとも思いましたね。
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