コンプレックスは、どこからやってくるのでしょう? 「こうあるべき」「こうありたい」という理想と、自分の姿が違うから? でもじゃあ、「こうあるべき」は誰が決めていて、「こうありたい」というのは、何と比較しているのでしょう。ひとつの例をとると、「美しさ」は誰が決めているのでしょう?
そんなことを考えるにあたり、美容ライターの長田杏奈さんに話を聞きに行くことにしました。「おさ旦那」の名前で日々SNSでも発信されている長田さんが、かつて雑誌で連載していたタイトルは「美容は自尊心の筋トレ」。美容やメイクというと、見た目を「美しく」していくものという印象がありますが、彼女は「自尊心」を高めるものであると真っすぐに伝えています。その言葉に、社会が決めた「美しさ」に翻弄されないでいられるヒントがあるように思ったのです。
「美しさ」は、時代とともに変わっていく、曖昧なものです。「美しさ」を追いかけるよりも大切なのは、その変わりゆく価値観にまどわされず、ひとりひとりが自分を肯定できるようになるということなのかも。そうなるための、美容やメイクについて話を聞きました。
高校生の頃から、クラスにはいろんな美人がいるなという見方をしていました。
─長田さんが発信されているメイクの楽しみ方というのは、見た目だけではなく、心のモチベーションを上げるようなことだなと感じていて。もともとは、なぜ美容の仕事に興味をもたれたのでしょう?
長田:社会人になったばかりの頃はネット広告の営業をやっていて、23、4歳の頃に週刊誌でアルバイトを始めて。そのときは、政治からファッション、家電、お掃除、料理までいろいろな領域を担当していたんですけど、美容の仕事が一番面白かったんです。思い返せば母親も美容部員だったし、子どもの頃から化粧品が身近な存在だったので、フリーになるなら美容だなって。
─美容のどんなところが面白いと感じたのでしょう?
長田:もちろん美容に興味がある男の人もいるけれど、特に女の人にとってすごく密接に関わっているものですよね。私は女子高に通っていたんですけど、その頃から女性の見た目に興味があったんです。たとえば、クラスにはいろんな子がいるじゃないですか。みんなが「あの人は美人で、あの人は美人じゃない」みたいにランク付けしているときに、私は「あの人は(ピエール=オーギュスト・)ルノアール系の美人で、あの人は竹久夢二が描く美人」というふうに、いろんな美人がいるな、という見方をしていて。
─ひとりひとりのいいところを見つけていたんですね。高校生くらいだと、「あの子が一番かわいい」みたいな美のヒエラルキーに左右されることも多い気がするので、達観された見方をされていたように思います。
長田:逆に、美人やかわいい子同士でつるんでいるのを、ちょっとダサいなって思っていました。内面も含めて尊敬し合っているのならいいんだけど、ルックスを人間の魅力のなかで一番重要なものだと考えていて、同じような人たちと群れて居心地のよさを感じているとしたら、それはどうなんだろう? って。10代から反骨精神は高めだったかもしれません(笑)。
これは多分、She isさんと共通するものがあるような気がするのですが、小学生の頃から、「ムーミン谷」が理想郷なんですよ。ヘムレンさんは虚栄心が強いし、ムーミンパパもかっこつけだし、スナフキンも放浪癖が強すぎる。みんなちょっと微妙な性格というか、完璧ではない。
─たしかに、スニフみたいに、器が小さいキャラクターもけっこういますよね(笑)。
長田:そう。スニフはすぐ裏切るし、気が弱い。だけどムーミン谷では、誰も排斥されずに、ゆるやかに一緒にいますよね。バラバラな個性の人たちが時に摩擦を起こしながらも、なんだかんだお互いに帰属意識や里心をもって暮らしているコミュニティのあり方にシンパシーを感じるんです。
美容誌には「美の正解」があるけど、ひとりひとりが日常で行うメイクには、絶対的な美の正解はないと思う。
─それを容姿に話に置き換えると「多様な魅力を認める世界」にシンパシーを感じているということなのかもしれませんね。「正しさが一つしかない」というような雰囲気の、がんじがらめの社会は息苦しいというか。
長田:ただ、美容誌の現場ではある程度「美の正解」というものがあって、そこにいかに寄せていくかという基準でページをつくることも多いんです。きれいなモデルさんと上手なメイク、光をうまく使えるカメラマン、センスのいいスタイリスト、編集者、レタッチャー。でもそれは、プロの仕事でひとつの作品をつくるようなもので、現実とはまたちょっと違う世界。
ひとりひとりが日常で行うメイクには、絶対的な美の正解はないと思っています。だから、仕事とのバランスをとるために女子プロレスを見に行ったりしているところもあって(編集部注:長田さんは女子プロレスのファンです)。
─そこでなぜ女子プロレスに?
長田:女子プロレスって、リングの上では年齢も背景もキャラクターもまちまちで、一番強かったり、美人ならいいということでもなくて。それぞれのキャラクターや「らしさ」を活かしながら、観客を魅了した人が素晴らしいという世界。お互いにぶつかり合って戦うなかで、その人の本質みたいなものがボロボロこぼれてくるのがいいんですよね。
─社会性や型みたいなものでおさえられていた、その人らしさみたいなものが、はみ出る瞬間があるという感じなんですかね?
長田:そう。そういうときに、魅力の正解って山ほどあるんだなと感じるんですよね。それぞれのプロレスラーが観客をワッと魅了するために工夫していることって、自分のいいところをデフォルメして見せている感じなんですよ。その感覚が、メイクに似ていて。
長田さんご自身も、決まったメイクではなくいろいろなメイクを実践してさまざまな魅力を日々模索
─画一的な美しさをなぞるのではなくて、その人ならではのよさが引き出されたときに、人を魅了できるだけの魅力が生まれる。
長田:「美の黄金律」みたいなものは、たしかにあるんですけど、それとファム・ファタールのように運命を左右するほど他者を魅了する人って、また話が違うんです。マリリン・モンローがハイヒールのかかとを片方だけ削って、わざと左右で高さの違うヒールを履くことで、セクシーなモンローウォークを身につけていた話があるじゃないですか?
シンメトリーじゃないものや完璧じゃないものに宿る、吸い込まれてしまいそうな「魅力のブラックホール」みたいなものが、ファム・ファタールにはある。まあ、これは極端な例だし、みんながファム・ファタールになりたいわけではもちろんないと思うけれど、別に美の模範解答をなぞらなくても、人を強烈に惹きつける魅力を放つことはできる。そのためのひとつのツールとして、メイクは役に立つんです。
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