現実には、物理的な時間があるけど、僕たちは時にその時間とは違う時間を生きることができる。(藤田)
藤田:風景を見ながら、頭のなかで次の土地での公演の事や次回作のこと、他にもいろんなことを考えているんですが、トンネルに入ると「あっトンネルだ」ってそれまで考えていたことが1回ストップするし、トンネルを抜けた後はまた違うことを考えたりする。移動しているときって、そういうことがあるじゃないですか。
それをかっこつけて言うと「ランドスケープ」みたいな言葉になるのかもしれないけど、もっとなんか物理的な「ブツッ、ブツッ」ていう切り替わりみたいなのが移動中にはあって、このアルバムにその感じがすごく出ているのが面白くて。
藤田:曲順がいいとかって言うより、そうやって現実に近い感覚に感情を持っていくリアリティがすごいなと。今回、「ファンタジーを削ぎ落とす」とライナーノーツに書かれていましたけど、まさにドリーミーなものではなくてもっとリアルな感じがしました。
石橋:「時を遮断して流れがバーンって切れて、どこに行くかわからず浮いてしまった感じになる」というのは確かに今回のテーマにあって、ドラムのリズム、コラージュの切れ目など、徹底してどこに行くかわからない感じを出したいと思いました。
かつて父がいた満州もそうですが、なにか悲劇があった場所は、場合によっては人間の操作によって時の影に隠れてしまう。でもその場所ではずっと止まっているなにかがあって、たとえ世のなかから忘れ去られても、ブラックホールやトンネルのように、口を開けてまた人が思い出すのを待っているような気がします。人間が同じ歴史を繰り返すことの象徴であるかのように。
石橋:そういう場所に思いを馳せると、過去に行ったり未来に行ったり、「いま」が消失する感じがあります。あと、旅の途中、すごく遠い海外にいるときに「もし自分がいま日本にいたらどういう生活をしているのかな」とパラレルワールドを想像することってありませんか?そういうときも、体感的な時間は止まっていると感じます。
―時間に追われたり、目の前のことに対処しているだけでは見えないことが、過去や未来といったここではない時間に思いを馳せることで、見えてくることってありますよね。忙しかったりするとなかなかその時間をつくることも難しいけれど、音楽を聴いたり本を読んだりすることも、心理的に旅することと言えそうです。
藤田:現実には、物理的な時間や世界標準の時刻、時差があります。でも、僕たちは時にその時間とは違う時間を生きることができるということや、ある場所に集中的に思いを馳せると、そこが真空状態で保管されてしまうといった感覚が、ひとつのアルバムで表現されている。
石橋:藤田さんのお芝居にも、物理的な時間感覚を歪めるようなシーンが多々あると思っていて。たとえば引っかかる部分が何回もリフレインされるとか。それが誰に引っかかったことなのかは観ている人にはわからないけど、多くの人が強烈な印象を受けるなにかがそこにはあって、繰り返し、注目を集めることで真空状態をつくり出すような構成がすごい。自分が作品に向かっていくときと同じものを感じますね。