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石橋英子✕藤田貴大 わかりやすさや力強い答えから逃れる移動の美学

石橋英子✕藤田貴大 わかりやすさや力強い答えから逃れる移動の美学

新作は時空を超える一枚。マームとジプシー主宰と語る

2018年7月 特集:旅に出る理由
インタビュー・テキスト:野村由芽 撮影:永峰拓也
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自分は時代の一瞬でしかない。なにも残らないかもしれない。でもだからといって生きることやものをつくることが無意味なのではない。(石橋)

―これは英子さんの旅であり、満州にいた父の旅でもあり、同時に「いまの時代」についての話でもあるとおっしゃっていました。お二人は「いまの時代」をどう捉えているのでしょう?

石橋:父が生まれた1930年代の空気と今の空気は、本質的には実はそんなに違わないと思っています。

1930年って、そんなに前のことじゃないはずなんですよ。たった80年前くらいなのに、知らないことのほうが多いし、その時代に生きていた人もまだ生きているのにこんなに感覚を共有できていないとなると、自分たちがいま感じていることも、いずれたやすく消えていくだろうなって。インターネットのようなテクノロジーをもってしても、本当に大事なものっていうのは残らないんじゃないかという予感がある。

―残らないのかもしれないという予感があったうえで、残したい大事なものがアルバムに入っているということですか?

石橋:そこまでは考えていないですね。残らなくてもいいと思っているし、そこはもうつくりたいからつくっただけというか(笑)。残す/残さない、残る/残らないというのは、私が決められるようなことでもないし、音楽は音楽でしかないと思っています。結果的に自分が音楽に助けられてきたようなことはこれからも起こると思うけど、私には音楽で残したいものがある、とそこまで言うことができません。

―前にお二人の対談で、音楽と照明というのは似ているというお話を読んだんです。音楽は、なにかをがらっと変えたりはしないけれど、どこかに光を当てるものだということでしょうか。

石橋:そうですね。音楽は時々ものの見方を提示することはできるかもしれません。私の人生にとってはそれがとても大事な真実として記憶されています。でもみんながそう、というわけではないと思います。

作品のテーマに関して調べているときに見た光景や想像した物語のなかで、あれは私だったかもしれないと思いながら曲をつくっていきました。たとえば土に埋められたのは自分かもしれなくて、だとしたら、眠っている間にいまの時代をどういうふうに見ているのだろう、と考えたこと、それが『The Dream My Bones Dream』(あれは私の骨が見る夢)というアルバムタイトルにも反映されたと思います。

音楽もお芝居もそうだと思いますが、大きな意味でも個人的な意味でも、歴史を無視することはできなくて、自分は時代の一瞬でしかない。なにも残らないかもしれない。でもだからといって生きることやものをつくることが無意味なのではなくて、というより、一見無意味なものや非生産的と思われることのなかにこそ希望や光があるのかもしれないとさえ思います。

力強い答えに振り切れてしまうことのほうが、世のなかには多いと思うんです。(藤田)

藤田:“To the East”の歌詞を見て感じたのは、僕も上京組なので、「東へ行けばなにかが変わる」という強い気持ちに突き動かされてきたけど、結果そこには上京する前よりもくだらないものしかないというか、いいものは別になにもなかった、みたいなことってあるなあと思っていて。いざ目的地に行ったのになにもなかったということをいまは知っているのに、それでも未来に期待していた頃を思い出して胸がうずくことはある。

見てしまったものと、見ていなかった頃の両方を行き来する移ろいそのものが肯定されてる。もっとどっちかにーーたとえば見てよかったとか、見ないほうがよかったとかーーそういう力強い答えに振り切れてしまうことのほうが、世のなかには多いと思うんです。でも、英子さんの音楽はそうは言わない。行ってみたけどそこにはなにもなかったというなにもなさと、期待する輝きの両方を描くことって、すごく大事なんじゃないかなと。

―答えを出さずになにかを期待することそのものや、なにもなかったことの両方を行き来しているような曖昧さが、いわば「完成形」として提示されているということですよね。旅にたとえれば、「目的地にたどりついてよかった」ではなくて、まさに移動しているときに感じる、なにかがあると信じて、さまよい探しているときにこそ希望がある。

石橋:それを繰り返していく人間の営みというか、過程に輝きを見出す人間の心。希望があるとしたらそこなのかなという気もします。どこに辿り着くかどうかはみんなわからないですからね、本当に。

藤田:音楽だと聴き終わった後やライブに行った後、観劇を終えた後のことに、責任を持とうとするつくり手たちがいるじゃないですか。でも僕はそこには責任を持てない気がしていて、今日観劇しに来た人の中に翌日自殺している人がいるかもしれないということを、演劇をやりながらよく思うんです。

なにかのきっかけになってほしいというより、作品は100人来たら100通りの通過点でしかないというか、通り過ぎていくだけだと思う。作品と観客が出会ったときになにかは起きるかもしれないけど、そこから先はあなたたち次第だからという態度でしかいられないのかなって。まあ本当にスルーするしかない作品もあるんですけど……(苦笑)。

石橋:確かに、つくり手が責任をとろうとしなくてはならないという風潮が、最近は多いかもしれません。でもそういうものはなくてもよくて、説明もしなくていい。わからないまま、ゆだねてもいいですよね。

PROFILE

石橋英子
石橋英子

茂原市出身の音楽家。いくつかのバンドで活動後、映画音楽の制作をきっかけとして数年前よりソロとしての作品を作り始める。ピアノをメインとしながらドラム、フルート、ヴィブラフォン等も演奏するマルチ・プレイヤー。シンガー・ソングライターであり、セッション・プレイヤー、プロデューサーと、石橋英子の肩書きでジャンルやフィールドを越え、漂いながら活動中。近年は坂本慎太郎、ジム・オルーク、七尾旅人、星野源、前野健太などの作品やライブに参加。劇団マームとジプシーや、映画・ドラマなどの音楽を手掛ける。

藤田貴大
藤田貴大

マームとジプシー主宰/演劇作家
1985年4月生まれ。北海道伊達市出身。07年マームとジプシーを旗揚。以降全作品の作・演出を担当する。11年6月-8月にかけて発表した三連作「かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。」で第56回岸田國士戯曲賞を26歳で受賞。以降、様々な分野の作家との共作を積極的に行うと同時に、演劇経験を問わず様々な年代との創作にも意欲的に取り組む。2016年第23回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。演劇作品以外でもエッセイや小説、共作漫画の発表など活動は多岐に渡る。
写真:©篠山紀信

INFORMATION

リリース情報
リリース情報
石橋英子
『The Dream My Bones Dream』(CD)

2018年7月4日(水)発売
価格:2,700円(税込)
felicity cap-283 / PECF-1155

1. Prologue: Hands on the mouth
2. Agloe
3. Iron Veil
4. Silent Scrapbook
5. A Ghost In a Train,Thinking
6. The Dream My Bones Dream
7. Tunnels to Nowhere
8. To the East
9. Epilogue: Innisfree

Amazon

イベント情報
『BOAT』

2018年7月16日(月・祝)~7月26日(木)全10公演
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 プレイハウス

作・演出:藤田貴大(マームとジプシー)
出演:
宮沢氷魚 青柳いづみ 豊田エリー 
川崎ゆり子 佐々木美奈 長谷川洋子 
石井亮介 尾野島慎太朗 辻本達也 
中島広隆 波佐谷聡 船津健太 山本直寛 
中嶋朋子
料金:S席5,500円 A席4,500円 65歳以上(S席)5,000円 25歳以下(A席)3,000円 高校生以下1,000円
※未就学児は入場不可
※65歳以上、25歳以下、高校生以下のチケットは劇場ボックスオフィスにて前売のみの取扱い

『石橋英子×マームとジプシー presents 藤田貴大の「The Dream My Bones Dream」』

2018年9月21日(土)
会場:東京都 渋谷 WWW

演出:藤田貴大
演奏:
石橋英子
ジム・オルーク
ジョー・タリア
須藤俊明
波多野敦子
山本達久
出演:成田亜佑美
料金:前売4,000円(ドリンク別)

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