人はなぜ旅に出たくなるのでしょう。どこにたどり着くかはわからなくても、「ここではないどこかに行きたい」という願いは生まれ続け、その気持ちに突き動かされて、人は旅に出ることを繰り返している。
シンガーソングライター、プロデューサー、マルチプレイヤーの石橋英子さんと、川上未映子さんや今日マチ子さんとのコラボレーションもおこなう劇団マームとジプシーの主宰・藤田貴大さん。坂本慎太郎さんや星野源さん、七尾旅人さんなどのレコーディングやライブに参加するほか、世界的にも評価の高い石橋さんの4年ぶりの新作『The Dream My Bones Dream』は、父が残した写真から忘れ去られた過去を掘り起こし、今や未来について時空を超える体験ができる一枚。そのアルバムを9月21日に渋谷WWWで舞台化することが決まっているマームとジプシーは、2017年に10周年を迎え、その名のとおり「旅」を大切にしながら全国津々浦々、そして世界へとジプシーのごとく移動して作品を届けてきました。
「いま」だけにとらわれず、様々な時空間を想像することをなりわいにしてきた二人が語るのは、目的地ではなく、その「移動」にこそ輝きが宿るのだということ。人はどこへ行くかわからないけれど、どこかへ行きたいと願うことと、そこに向かう途中になにかを想うことは確かに存在し、季節も人も時代も移ろうなかで、自分の思考をかためないためにも、藤田さんの言葉を借りれば「自分のいるところを確かなものとして固定しない」ことが大切なのかもしれません。世のなかのわかりやすさからひょうひょうと逃れ、停滞しないでしなやかに、生きていきましょう。
その丸裸の光景が、祝福したいような祝福したくないような、これまでにない感情が引き出された経験でした。(石橋)
―石橋さんの4年ぶりのアルバム『The Dream My Bones Dream』は架空の旅をテーマにした作品で、マームとジプシーはその名のとおり「旅」を大切にされています。今日は日常と旅の関係や、創作についてうかがっていけたらと思うのですが、お二人の関係についてまず教えてください。
藤田:『ロミオとジュリエット』(2016年)の音楽を担当してもらったあとに、失われた家をテーマにした『ΛΛΛ(ラムダラムダラムダ)かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっとーーーーーー』(以下、『ΛΛΛ』)を一緒につくりました。
―『岸田國士戯曲賞』受賞作を再構築したものですね。
石橋:『ΛΛΛ』の話をいただいたとき、まさにこのアルバム(『The Dream My Bones Dream』)をつくっているときでした。前作から4年の間に、父親が亡くなって、自分も体が変わり、体力もなくなってきて、自分に残された時間と、父親が亡くなったことと、いまの時代についての作品がつくれないだろうかとずっと考えていたタイミングでした。そんなときに藤田さんも家にまつわる作品に着手していると聞いて、シンクロしている部分が大きいと感じました。
―『The Dream My Bones Dream』はこれまでになく石橋さんの個人史や想いから出発したアルバムで、そのことに少し驚きもあったのですが、そういった背景があったのですね。
石橋:『ロミオとジュリエット』から、藤田さんと一緒に作業させていただいたことも大きいと思います。藤田さんのつくるものには、自分を見つめたり、これからのことを考えたり、必ずしも作品に沿わない方向性でも受け入れてもらえる風通しのよさや懐の深さを感じます。私は私でパーソナルな作品をつくることで藤田さんの作品に対峙することができたのではないかと思います。
藤田:パーソナルなことを表現に変えるのって、やってはだめな人もいるじゃないですか。ちょっと言い方が厳しいかもしれないけど、そのままやっても形にならないし、そのモチーフを扱う技術がないと伝わるものにならないという意味で。
でも英子さんがつくるものは、英子さんのパーソナルな部分を知らなくても充分素晴らしいけど、それだけじゃなくてきっと奥にはなにかがあると思わせてくれるものなんです。このアルバムもまったくそうで、ごく私的でありながらも作品としての強度があるから、遠くまで届く。そういうことができる感性と技術のバランス感覚を持った人に出会うことはけっこう稀なことで、だから僕も英子さんとつくるときは自分を制御しないでいられて楽しいんです。
石橋:私は「ここまで出していい」というのをジャッジする基準を「さむさむセンサー」と呼んでいて(笑)。今回のアルバムをつくるときにも膨大なメモがあったのですが、そのセンサーを通した結果、いろいろな要素を捨てました。
―さむさむセンサー(笑)。
石橋:でもそれによって捨てられたもののなかにも、時を経て大丈夫になるものもほんの時々あります。制作期間にマームとジプシーのオーディションに立ち会わせてもらったのが面白くて、参加者にその日の朝起きて言ったこととか、見た景色を描写してもらうんです。自分だったら恥ずかしくて死んじゃうかもしれない……(笑)と震えたのですが、その丸裸の光景が、祝福したいような祝福したくないような、これまでにない感情が引き出された経験でした。自分というものを題材にするということの難しさを知りました。
―『The Dream My Bones Dream』は、父の残した写真から忘れられた過去を掘り起こすというところからはじまって、聴き手が時空を旅できるような不思議な作品です。ここからは旅というものについてお二人に聞いていけたら。
藤田:これを聴いたときにすごいなあと思ったことはいくつもあるんですけど、旅の目的地へ行くときの、移動中に考えていたことなどをありありと思い出しました。マームとジプシーでは、予算がない公演のときはハイエースに道具や機材を全て詰め込んで、乗れる人だけ乗って経費を削減するんです。
基本的にいつも会話がないマームとジプシーが、その移動の時間は、さらに会話がないんですよ(笑)。適当な音楽をかけて、それをネタにしてちょっとしゃべったら、あと5時間は無言ってことが余裕であるんです(笑)。
石橋:(笑)。
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