銭湯は非日常に入り込める、トリップできる場所だと思います。
日の出湯との出会いをきっかけに銭湯に強く惹かれた祝さん。先日、念願の全浴連(「全国公衆浴場業生活衛生同業組合連合会」のこと。全国の公衆浴場業者が集まる)の会合にも参加しました。まるで銭湯に呼ばれているかのような運命的な足取りで、数年ぶりに日の出湯にも挨拶に伺ったそう。
祝:この間、『Get湯!』っていう銭湯のイベントのために京都に行って、そのあとに鹿児島で行われた全国の公衆浴場の業者が集まる会合に参加してきたんです。基本的に銭湯経営者しかその会合に参加できないんですけど、「銭湯をやりたいです」ってずっと言い続けていたら、鹿児島の公衆浴場と縁のある方に連れて行っていただけることになって。
東京にいたらちょっと遠い距離ですけど、たまたま京都まで出ていたタイミングだったので、これは行けってことだなと感じたのもありました。前はなにもわからないただの銭湯好きの18歳だったけれど、全国の公衆浴場の大きな会合に参加できるようになったという節目だったので、日の出湯さんにも伺って「銭湯をやりたい」というお話をしてきました。
鹿児島の全浴の大会に参加する前にどうしても行きたくて、人生で初めての銭湯、京都の日の出湯さんに行ってきました。初めて行ったぶりでした。女将さんと大女将さんに18歳の時にここに来てから銭湯を好きになって今二つの銭湯で働いていて銭湯をやることが夢です。と伝えました。 pic.twitter.com/JUQfxlKKqj
— 祝茉莉 (@_shukumari_) 2018年6月29日
嬉しい節目を迎えた祝さんですが、会合で直面したのはやはり銭湯経営の難しさでした。
祝:私は今銭湯の物件を探している段階なんですけど、お店をやるために物件を借りるのとは違って、銭湯は設備が古かったりするとボイラーを新しくしたり、タイルを貼り変えたりしなくてはいけないから、一気に何千万円という額が必要になってしまうんです。5年くらい閉業されていたいい物件があったんですけど、パイプが錆びたりしていて、総取替えするとウン千万かかるけど、それでもやる? と言われてしまったり。具体的な壁が見えてきたという嬉しさもありつつ、歯がゆさも感じました。
実際に銭湯でアルバイトをし始めてからも、銭湯経営のリアルを知ったと続けます。
祝:銭湯の仕事は、結構肉体労働なんです。ただの銭湯好きだった頃は、「番台に座って楽しそうだな」って思っていたんですけど、実際に働いてみると、浴場をひたすらたわしひとつで洗ったり、重いものを持ち上げたり力仕事が多くて。それが銭湯が廃業してしまう原因にも繋がっていて。
廃業の大きな理由が2つあるんですけど、ひとつは家族経営をし続けてキャパオーバーになって、体を壊されてしまうパターン。そのような肉体労働が体力的に厳しくなってきても、人の雇用の仕方がわからなかったり人件費が払えなかったり、きつい職業だから「息子には継げない」ということで、そのまま廃業してしまう。
もうひとつは施設を運営するのにお金がかかるというところ。昔は家庭用のお風呂がなかったから扉を開けていたらお客さんが来る時代だったけれど、現状の客足だったら故障した設備に投資しても採算が合わないから、更地にしてマンションにして家賃で暮らしていこう、という理由で廃業している銭湯が多いんです。
時代の変化や高齢化から苦境に立たされている多くの銭湯。祝さんは「現状の問題も人を雇えたら変わると思うし、私は工夫してやっていきたい」と力強くお話しされていました。
祝:昔は銭湯が日常の当たり前の風景だったけど、今はむしろ非日常に入り込める、トリップできる場所だと思います。銭湯の建物に一歩足を踏み入れただけで、『千と千尋の神隠し』のような不思議な気持ちになりますし、広くて天井が高い銭湯は窓から差し込む光が水にゆらめいて独特ですよね。
人々の生活の中での銭湯の位置が変化してきているからこそ、銭湯には魔法がかかったような時間が流れているのかもしれません。
「この字はなに?」って聞かれたら、私も家族のことを話したい。
今回、祝さんとつくった「銭湯ポーチ」は、旅のおともにしたいかわいくて機能的なポーチ。祝さん自身も銭湯に行くための荷物を持ち運ぶのにこれで事足りる、と大満足の様子です。
祝:お話をいただいた時に「旅に出ることもそうだし、銭湯に行くこともトリップだと思うんです」と伺って、すごく共感したんです。私自身、銭湯に行った時にシャンプーやタオル、下着などをいれるための水に強くて便利なポーチを見つけられていなかったから、あったら便利だなと思うアイデアを詰め込みました。
基本的にナイロンやメッシュ素材のポーチに銭湯グッズを入れていたんですけど、このポーチはメッシュとビニールのふたつのポーチをファスナーでくっつけたり取り外せることもできるので、メッシュのほうには下着やなど見せたくないものをいれて、ビニールのほうには好きなものを入れてビジュアルも楽しんでもらえたらと思います。銭湯もそうだけど、旅に行く時って便利さや身軽さが絶対必要になるから、肩からかけられる持ち手や、飲み物を買ったりドライヤーを使うとき用の小銭をいれておける内ポケットがついているのもポイントです。
ピンク×ピンクとオレンジ×カーキの2色展開となっているこのポーチですが、各カラーに合わせた「祝」というタグも目を引きます。
祝:これは、もう亡くなってしまった父方のおじいちゃんが書いた字です。おじいちゃんは賞状やご祝儀袋の文字を書く賞状書士だったんです。私は小学校2年生まで山口県に住んでいて、親が離婚して新潟に行ったんですけど、おじいちゃんは山口からよく手紙をくれていて。今でも手紙を全部取ってあって、この「祝」の字も「祝入学。茉莉ちゃんおめでとう」っていうご祝儀袋の字から取りました。
本当は「祝湯」という文字を手紙から取り出したかったんですけど、「湯」っていう字がどこを探してもなくて(笑)。さんずいと「場」という文字のつくりを取り出してトリミングしてみたんですけど、どうしても不恰好でおじいちゃんの字じゃないと思ったので、「湯」は私がこれから習字を習って自分で書いて、おじいちゃんの字とくっつけたいと思っています。
She isに寄せてくださったコメントにも、「裸になり湯に浸かって、銭湯の高~い天井をみあげていると亡くなったお爺ちゃんやお父さんに逢えます。」と書いていた祝さん。おじいさんはどのような存在だったのでしょう?
祝:おじいちゃんのことがすごく大好きで。本当に心からかっこいいと思っていますし、すごく尊敬しています。私、友達の家族の話を聞くのが好きなんです。家族や兄弟の話を聞くと、その子のことがすごくわかるんですよね。だから、「この字はなに?」って聞かれたら、私も家族のことを話したいんです。
「いい銭湯」は本当にたくさんあるから、一度行きたいなと思ったら更地になってしまう前に絶対に行ってほしい。
おじいさんとの繋がりを感じられるほど心が研ぎ澄まされていく銭湯。祝さんに銭湯のお話を伺っていると、近所の銭湯に足を伸ばしてみようかなという気持ちになります。でも、銭湯って作法があったりするのではとなかなか踏み出せない人も多いはず。そんな人に向けて祝さんは「気になったら絶対に行ってほしい」と強く言います。
祝:銭湯に入りづらさを感じている方はいらっしゃいますよね。実際に私の友達でも、女将さんの口調が少しきつかったり、常連さんに「ここは私の席よ」って言われたりとか、悲しい思いをして銭湯に行かなくなってしまった人がいて。
その銭湯はもう行かなくていいと思うけれど、「いい銭湯」は本当にたくさんあるんです。一度行きたいなと思ったら絶対に行ってほしくて。なぜなら廃業して更地になる可能性が本当に高いから。行くなら開店してすぐの15時くらいがオススメです。夜だと一日の汚れを落とすということで業務的な気持ちも入ってしまいますけど、昼は光が入ってきてより特別なトリップ感がありますよ。
祝さんがおっしゃる「いい銭湯」とはどんなところなのでしょう?
祝:そこにいる人や建物にちゃんと物語があるところです。お風呂を本当に好きな人って、話しているとわかるし、店主の色が銭湯に出るんですよね。会いたいなと思う人がいるところはいい銭湯だと思うし、そういう気持ちが、行き届いたお掃除だったりだとか、銭湯自体にちゃんと現れるんですよ。
なにかを諦めている人ってその気持ちやオーラが外に出ていて、結局銭湯に手をかけずに不潔になってしまっていたりもするんです。新しい、古い関係なく、店主の美意識が銭湯の端々に出ているところはいい銭湯だなと思います。
銭湯の背景にある物語からもきめ細やかな愛情をすくい上げ、慈しみ深く見つめる祝さん。そんな祝さんの経営する銭湯はどんな場所になるのでしょう。今、祝さんは思い立って銭湯に行った時にすぐに履き替えられるようにオリジナルの靴下を制作中だそう。きっとこの靴下も銭湯への愛が溢れた温かいものに違いありません。
体だけでなく、ちょっと心が疲れてしまった時、なんだかどんよりしてしまった時、いつもは通り過ぎてしまう町の銭湯に足を踏み入れてみましょう。温かいお湯に浸かって、窓から差し込む光の反射する水面を見つめてみれば、心の根っこに繋がっている懐かしい場所にきっとトリップできるはずです。ほぐれた心に体をあずけ、さっぱりとした表情で次の旅路に向かえば、きっと素敵なことにたくさん出会える。そんな予感が湯気のように立ち上る気がします。
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