どこで生きていくか、何をして生きていくか。街というのは、誰かがそれを決めて、その意思を持った人たちが集まっている場所でもあります。
台湾の高雄市を、知っていますか。南部に位置する温暖な気候、港町特有のオープンな空気感。台北から新幹線で約1.5時間で到着する台湾南部最大都市にもかかわらず、歩く人のペースはとてもゆっくりで、とにかく「人」の穏やかさに心がとろけてしまう、そんな街です。最近では高雄出身の若い人たちが地元に戻って創作活動をしたり、場所を作り始めていたり、古きよき空気感はそのままに、感度の高い街に変化しつつあるのです。
魅力的に生まれ変わりつつある街には、魅力的な人たちがいるーー。そう考え、高雄で暮らし、高雄の街を作っていくことを決めたきらめくキーパーソンたちに会いに、毎年『FUJI ROCK FESTIVAL』に参戦するほど大の音楽好きで、ものづくりをする人々との交友関係も広いモデルの武居詩織さんと一緒に高雄の街を訪れました。
高雄に暮らすことを決めた、人と不必要に比べることが心を疲弊させることを知っていて、自分に合った幸せの形と大きさをわかっている人たち。好きなものを自分のペースで追求する人々と触れ合うことが、こんなにも心満たされ、自分の生き方を顧みさせてくれるものだと私たちは気付かされたのでした。高雄の旅、どうぞお付き合いください。そして気になったらなら、ぜひ足を運んでみてくださいね。
1人目:Rubyさん(「Pushpin」オーナー)
最初に訪れたのは、高雄市塩テイ区のアートとカルチャーの発信地「駁二芸術特区」から歩いてすぐの場所にある「Pushpin」というレストラン。「Pushpin」は台湾中のグルメたちをうならせるほどの美味しい料理と、映画の名前がついたオシャレなカクテルが有名なお店。
その「Pushpin」では、Rubyさんという笑顔がステキなオーナーが私たちを待ち構えていました。かつては編集者として働いていたRubyさんは、9年間の台北生活を終えて高雄に戻り、『高雄映画祭』の運営に携わりつつ、レストラン「Pushpin」をオープン。人が集まる場を作り、食を通して人と人とのコミュニケーションを生み出したいと挑戦をするRubyさんに武居さんがお話を聞きました。
「高雄は地元なのに、魅力的なコミュニティがなくて、友達もいなかった。それなら自分で作るしかない」(Ruby)
ー元々、Rubyさんは台北で編集者として働いていた後、故郷の高雄に戻りレストランをオープンされました。住む街も、職業もガラッと変えてみようと思ったきっかけは何だったのでしょう?
Ruby:最初に高雄を離れたのは、台北にある芸術大学に進学したとき。卒業後は、出版社で週刊誌の編集をしていました。本当は社会悪を暴きたい! と思って記者を志望していたんだけど、編集者としての能力が高かったらしく、異動願いを聞き入れてもらえなかったんです(笑)。
ーその後、どんな流れで台北を離れ、高雄に戻ったのですか?
Ruby:仕事はとても順調だったんだけど、ルーティンワークで退屈だ……と思いながら毎日を過ごしていて。でもこのままではダメだ、腐ると思い、3年で出版社を退職し、ロンドンに留学しました。
武居:仕事をすっぱりやめることに、怖さを感じることはなかったんですか?
Ruby:怖さよりも、新しいことに挑戦してみたいという気持ちが勝つんです。ロンドンから家族がいる高雄に戻ろうと決めたときも、当時は高雄には魅力的なコミュニティもなかったし、そもそも友達もいない状況で。でも、ないなら自分で作るしかない。そんな意気込みで、まずは『高雄映画祭』のコラムや編集の仕事を始めました。
「レストランこそが、高雄のアート作品や映画の世界観を伝えるショーケースとして最適な空間」(Ruby)
ー映画祭の運営に携わる一方で、レストランを始めようと思った理由は?
Ruby:高雄に戻り編集者として働いているうちに、魅力的な知り合いができました。でもクリエイターと一般の人が交流できるような場所がまだないなと。そこでいろんな人が集まる場を作りたいと思ったんです。
映画館は映画を楽しむために行く場所、美術館はアート作品を鑑賞するために行く場所。でも、食は日常そのものだから、レストランは誰でも入ってきやすい。自分が大好きな高雄のアート作品や映画の世界観を伝えるショーケースとして、レストランこそが最適な空間だと思ったんです。
ーレストランをショーケースに?
Ruby:美術館と聞いただけで萎縮してしまうような人でも、レストランなら気軽に入ってこられる。そして食事を楽しみながら、自然に高雄のアーティストの作品に触れられます。だから、オープンな場を作り、いろんなヒト・コト・モノをつなげたいと考えたとき、レストランしかないと思ったんです。
ー確かに、年齢や立場を問わず、人はおいしい食事ができる場所に集まってきます。
Ruby:そう。だからこそ料理のクオリティにはかなりこだわりを持っています。できる限り市場に行き、自分の目で見た食材だけを使い、何度も試作を繰り返しながらメニューを作ります。まずは食事を楽しんでもらうことが、人の交流の起点になりますから。
武居:新しいことは一人ではできない、だからみんなが集う場所を作りたいというRubyさんの思いは、レストランに足を踏み入れた瞬間から伝わってきました。レストランに飾られた絵画や、映画の名前にちなんだカクテルもコミュニケーションが生まれる仕掛けになっていますよね。
「人との関わりから、新しいものを生み出して、毎回『変化』を楽しむようにしている」(武居)
ー武居さんも日々、いろいろな現場で様々な人と働いていますよね。
武居:はい。Rubyさんが人との関わりから、新しいものを生み出していくスタイルが、私がモデルのお仕事をするときに心がけていることとすごく重なりました。撮影現場ではカメラマンさんだけではなく、たくさんの人がひとつの作品を作り上げようと協働します。私もその一員として毎回「変化」を楽しむようにしています。
Ruby:うん、武居さんが言った通り、まずは楽しむということが大切。高雄は港町特有のオープンさがあって、変化を楽しめる人が多いように思います。
武居:日本では「地域のために、誰かのために」が先行しがち。だけどRubyさんは、自分が欲しいものを仲間と楽しみながら作り上げていき、それが結果的に故郷の高雄を盛り上げているんですね。
太陽のような笑顔で私たちを迎えてくれたRubyさん。これまでの経歴やレストランについてお話を伺うと、熱く真剣にいろんなことを話してくれました。自分がつまらないと思ったら、街を面白く変えていこう。こんなパワフルな女性が街にいる限り、高雄はこれからも新しいカルチャーが次々に生まれてきそうです。
Rubyさんおすすめの高雄スポット
「苓雅市場」
Rubyさんが日々食材を仕入れている市場。ここではパクチーやネギ、生姜などはなんとおまけしてもらえることも多いそう。高雄市民の足であるバイクで訪れた地元の人たちが、まるでドライブスルーのようにバイクにまたがったままお店に立ち寄り、買い物をしている姿が印象的でした。
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