Zoomを使ったダンスワークショップで自主隔離の時間を過ごすファンと繋がる。苦しい時でも楽しみを見つけるHAIMの姿勢
“I Know Alone”のミュージックビデオは、そんな社会の空気の変化を踏まえて制作されました。ソーシャルディスタンスを保った3人がバスケットコートでダンスをするこの映像は、ポール・トーマス・アンダーソンが監督したそれまでのビデオと比べても、かなりシンプルな作りです。監督のジェイク・シュライアーはリモートで作業し、振り付けはFrancis and the LightsとともにメンバーがZoomで作り上げました。
HAIMのミュージックビデオといえば、3人が並んで歩いている印象が強いかもしれないですが、じつはダンスもしばしば登場しています。前作『Something To Tell You』に収録された“Want You Back”や“Little of Your Love”のビデオでも真似したくなるような楽しげなダンスを披露していました。
HAIM“Want You Back”(YouTubeを見る)
HAIM“Little of Your Love”(YouTubeを見る)
3人は“I Know Alone”のビデオの公開後、Zoomを使ってダンスワークショップを行ない、それぞれに自主隔離の時間を過ごすファンたちと繋がりました。
「ビデオのダンスチュートリアルをやってほしいというリクエストは、これまでもずっとあったんです。自主隔離の期間になってからあの企画をやったのは、ファンと一緒に踊るっていう私たちなりの方法でもあったけど、私たちの重い腰をあげるっていうことでもありました」
先行き不透明で閉塞感のある状況の中で、彼女たちのクリエイティブな試みによって心が軽くなったファンも少なくないでしょう。苦しい時でも楽しみを見つけるという姿勢は、HAIMの音楽にも通じます。アルバムのプロモーションのため、それぞれの自宅からリモートで出演したいくつかの番組のライブでも、パフォーマンスに彼女たちの遊び心が垣間見えました。
「The Late Show with Stephen Colbert」に出演したときに演奏した“I Know Alone”
「The Late Late Show with James Corden」に出演したときに演奏した“Don’t Wanna”
「ガールズバンド」として軽く見られることへのフラストレーション。音楽業界のセクシズムをストレートに題材にした曲も
ユーモアを持って楽しむ、という姿勢は一方で、そのために彼女たちが真剣に音楽をやっていないと見られることにつながることもあるのだと、アラナは過去のインタビューで語っています。『Women In Music Pt. III』という示唆的な今作のタイトルは、ダニエルの夢の中で浮かんだフレーズで、3人の経験を基にしているのだといいます。
HAIMは、あるフェスの自分たちのギャラが同じフェスに出る男性ミュージシャンの10分の1だったと発覚したことから、エージェントを解雇したと2018年に明らかにしています。また女性3人組というだけで音楽性にかかわらず「ポップ」の枠にはめられたり、「ガールズバンド」として軽く見られることへのフラストレーションをたびたび口にしてきました。
<Man from the magazine what did you say? / “Do you make the same faces in bed?” / Hey man what question is that?(雑誌の男 今何て言った?/「ベッドでも同じ顔をするのか?」/ねえ、その質問は何?>(“Man From The Magazine”)
<Man from the music shop I drove too far / For you to hand me that starter guitar / “Hey girl why don’t you play a few bars?/ ” / Oh what’s left to prove?(楽器店の男 あんなに遠くまで運転していったのに/初心者用のギターを私に手渡し/「ねえちゃん、ちょっと弾いてごらんよ」だなんて/はあ……他に何を証明したらいい?)>(“Man From The Magazine”)
“Man From The Magazine”は、自分たちを説明したり、何かを証明したりしなきゃいけないことにうんざりしている彼女たちが直面してきた音楽業界のセクシズムをストレートに題材にした曲です。男性のジャーナリストに非常識な質問をされたことや、楽器屋で初心者用のギターを渡されたり、「彼氏のために買いに来たの?」と言われたりといった彼女たちの実体験が歌詞の背景にあります。女性だからといって舐められて軽く扱われるという経験は、残念ながら音楽業界に限らず未だどこの世界でもあることかもしれないですが、HAIMのような実力も実績もあるミュージシャンですらそのような扱いを受けるようでは絶望したくもなります。でも、彼女たちにはいま、揺るぎない自信があり、そのような言動には屈しません。
「キャリアの最初の頃は、聞かれて嫌な思いをするようなことを質問されるのに慣れていなくて、どう反応していいかわかりませんでした。いまは私たち自身、そして私たちの音楽に対して確固たる自信があるから、自分たちの味方になることもできるし、そういうことを見過ごすようなことはもうしません」
その毅然とした姿勢は、彼女たちのアクティビズムにも表れています。ジョージ・フロイドの死をきっかけに全米で広がった「Black Lives Matter」のデモでは彼女たちも路上に出て抗議の意を示し、SNSでも寄付や行動を起こすよう呼びかけています。またアルバムのリリースを記念して、アートワークを撮影したロサンゼルスのデリから生配信されたライブでは、貧困により保釈金が払えない者を援助する「The Bail Project」への寄付を集めました。
HAIM「WOMEN IN MUSIC PT III LIVE SHOW」
社会の理不尽や不公正に声をあげるということは誰にとっても簡単なことというわけではないかもしれません。声をあげたいけど恐い、もしくは意味がないかも、と思っている人たちに助言をするなら? という質問にはこんな回答が返ってきました。
「あなたが情熱を傾けていることには、いつだって声をあげなきゃ」
「このアルバムを聴き終わった人が、少しでも孤独を感じなくなっていると良いなと思います」
いまだ先の見えない状況が続きますが、今後のプランについてはこう教えてくれました。
「新しいレコードを発売したあとすぐにツアーがないっていうのは、私たちにとって初めてのことなんですよね。いまはまた安全にツアーができるようになるときのために、計画を練っています」
再び安全に集って踊れる日が来るまで──。『Women In Music Pt. III』は、その日が早く来ることを願いながら迎える、特殊なこの夏のサウンドトラックになりそうです。
「このアルバムを聴き終わった人が、少しでも孤独を感じなくなっていると良いなと思います」
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