文月悠光×ひらりさ、30代を機に考える。臆病なままで全力疾走する

文月悠光×ひらりさ、30代を機に考える。臆病なままで全力疾走する

映画『私をくいとめて』に見る、他者と生きるやり方

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インタビュー・編集:野村由芽 テキスト:羽佐田瑶子 撮影:中里虎鉄 ヘアメイク:Waka.
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正解を選び続けることが正解ではない。(ひらりさ)

─主観と客観という感覚は、多かれ少なかれ誰しもにあるものですよね。そんな中で、ある意味で「客観」の役割を担っていたようにも思えるAとみつ子の関係性が変わってしまうことに関して、個人的にまだ完全には理解できていないというか、ずっと考えていて。

ひらりさ:私が思ったのは、正解を選び続けることが正解ではないってことでしょうか。Aは擬人化されたものだから100%完璧ではないと思うんですよ。客観的な最適解答を選び続けているだけで、それが正解とは限らない。

文月:Aの声に従ったのに、恋愛で失敗したエピソードも描かれていましたね。たしかにAはみつ子の理性を担っていますが、実際は社会や世間からの刷り込みと、みつ子の理想が混ざった存在のように思います。

近年は女性の生き方の選択肢が増えたといっても、社会の中で「これがスタンダード」と保守的な生き方が示されるという難しさがあります。「社会的にちゃんとした道を歩まねば」という責任感が時にはAをも狂わせる。Aが自分を守ってくれる安心感もある一方、どこか窮屈な状態かもしれないですね。

─Aの存在が、無意識のうちに自分を縛っている可能性はあるかもしれません。それは、年齢を重ねることで周りの声も相まって、いつの間にか自分の考えなのに誰かの考えや常識が内在化してしまっているような状況というか。

文月:人をカテゴライズすることは暴力的な行為だとわかっているのに、自分自身にはしてしまうことがありますよね。26歳頃から、同年代の女性で集まると「うちら、もう若くないよね。おばさんだわー」と言い合った記憶ないですか?

ひらりさ:ええー、26歳は早くないですか?

文月:誰かに貶される前に自虐で笑い飛ばそう、というノリでした。カテゴライズに自覚的な自分でいられることに、心地よさを感じることもある。だけど、借りものの言葉で自虐ばかりしていると、自分の今いる場所が、自分で選んだものなのか、他者に選ばされたものなのか、わからなくなってきてしまう。だから、皐月のようにイタリアに住むという決断をして、世間の想定から離れた選択をできる人はうらやましいです。

『私をくいとめて』 ©2020『私をくいとめて』製作委員会

ひらりさ:みつ子は、女性であることで傷ついた経験がたくさんあったから、なるべく冒険しないんでしょうね。だから、恋する相手の多田くんのバランスがちょうどいいなと思っていて。1年も料理をおすそ分けしてもらっているなら材料費を出しなさい、と思ったけれど(笑)、グイグイいかない不器用な感じがみつ子にとってちょうどよかったのかもしれない。絶対に、多田くんもAのような存在と帰り道に自問自答していますよ。

『私をくいとめて』 ©2020『私をくいとめて』製作委員会

傷つかないことも大事だけれど、納得できるかどうかも大事な指標。(ひらりさ)

─さきほど「Aも必ずしも正解だとは限らない」という話がありましたが、それぞれ考えが違う人同士が生きていくときに、自分にとっての正解が必ずしも誰かにとっての正解ではないという状況は往々にしてありますよね。それが他者と生きる難しさのひとつでもあると思います。

文月:滞在先の温泉宿で、みつ子が女性芸人の方がセクハラを笑顔で受け流す場面を目撃して激しく動揺するシーンがありました。私自身、被害の経験も、そのような場に居合わせながらうまく止められなかった経験のどちらもあり、あの場面は悔しくて泣いてしまいました……。妄想の中では叫ぶほど怒っているのに実際には止められない、守れなかった自分のことも許せない、というのが生々しくてリアルだなと。過去の似た体験を思い出して、怒りに歯止めが効かなくなる様子にものすごく共感しました。

その場にいる人たちに守ってもらえなかった悲しさも、自分も守れなかった後悔もどちらも記憶として残っていて、私もそのすべてに未だ怒り続けているんだなと感じました。忘れられないシーンです。

ひらりさ:100%正しい判断ができる人は、社会に存在しないと思います。だから、選択をする時に自分が傷つかないことも大事だけれど、納得しているかどうかも大事な指標だと感じています。

自分が傷つかないためにみつ子はAを生み出したのだろうけれど、多田くんと出会ったことで、自身の選択に納得できる方向に歩んでいきますよね。また傷つくこともあるかもしれないし、感情的になって疲れるかもしれないけれど、人それぞれのいいバランスで選択を重ねていくべきかなと思います。

文月:みつ子は、過去の傷ついた出来事を、Aに背負ってもらっていたのかもしれませんね。自分一人の選択と思うと、負荷がかかりすぎるから、Aが傷つかないためのガードとして機能している。私自身「あの頃の自分はどうかしてたな」と結論づけると、今と切り離されて少し楽になる感覚があります。それでも多田くんと恋愛しようとするのは、自分自身のガードを外して、もう一度他人と向き合おうとしたからなのかなと思いました。

本当の私たちは全力疾走したいのかもしれません。(文月)

─いきなり納得しようとするのではなくて、傷ついたり納得したりを繰り返しながら、自分の納得できるラインを見つけていくのでしょうか。

文月:正解を突き詰めていくことを繰り返すと苦しいですよね。皐月に対するモヤモヤにも答えはないし、おひとりさまを謳歌する一方、世間の目を意識して微妙にそのことを開き直れなくて。その居心地の悪さを納得できるかどうか。

ひらりさ:そうですね。傷つくことと納得することは別のレイヤーにある気がしていて。「失敗したとしても、そうしたい」という衝動に身を委ねるのが必要なのかもしれないです。見えないものを見たい、という気持ちなのかな。

だから、のぞみ先輩の振る舞いは最高だと思うんですよ。のぞみ先輩の近くにいたら絶対にとめたくなってしまうような恋愛に対して、全く“くいとまっていない”先輩の姿をみていると、納得できるラインが広がっていくような気がしました。その選択をして、幸せになる未来 も落ち込む未来 もあるんですけど、清々しい生き方をしているなと。

文月:そうでしたね。傷つくかもしれないけれど、そこで飛び込まないと後悔するだろう状況は、恋愛でも仕事でも遭遇します。そこで理性が働きすぎると、身動きが取れなくなる。「くいとめて、守って」と念じることもあるけれど、ときに失敗して大怪我したり怒ったりしながらも、本当の私たちは全力疾走したいのかもしれません。

『勝手にふるえてろ』から再びのタッグを組んだ大九明子監督と原作・綿矢りささんによる『私をくいとめて』のインタビューはこちらから

PROFILE

文月悠光
文月悠光

詩人。1991年北海道生まれ。中学時代から雑誌に詩を投稿し始め、16歳で現代詩手帖賞を受賞。高校3年の時に出した第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』で、中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少18歳で受賞。2016年に初のエッセイ集『洗礼ダイアリー』(ポプラ社)、第3詩集『わたしたちの猫』(ナナロク社)を刊行。2018年2月、エッセイ集『臆病な詩人、街へ出る。』(立東舎)を刊行。NHK全国学校音楽コンクール課題曲の作詞、詩の朗読、書評の執筆、詩作の講座を開くなど広く活動中。

ひらりさ
ひらりさ

1989年生まれ。ライター・編集者。会社員の傍ら執筆活動を行う。連載に「平成女子のお金の話」「コスメアカの履歴書」など。

INFORMATION

作品情報
作品情報
『私をくいとめて』

2020年12月18日(金)全国公開

原作:綿矢りさ『私をくいとめて』(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
監督・脚本:大九明子
出演:
のん
林遣都
臼田あさ美
若林拓也
前野朋哉
山田真歩
片桐はいり
橋本愛
配給:日活

映画『私をくいとめて』|12月18日(金)全国ロードショー

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