30年以上、最愛の人に自分の本名を伝えなかった女性/森陽里

出会いから恋に落ち、入籍するまでの大きな秘密

2017年9・10月 特集:未来からきた女性
テキスト:森陽里 編集:竹中万季
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10代のはじめの頃、絵画の勉強をしたいと思った。そのなかで手に取った画集から、ひとりの画家と、その絵画のモデルとなった女性のことを知り、強く惹かれた。
あれから10年以上経ち、自身で絵を描くこと、写真や映像の中で被写体として描かれることを経験した今なお、彼女は私のなかで憧れの存在だ。

憧れてやまない彼女の話をしよう。
19世紀から20世紀にかけてナビ派(*1)の画家として活躍、アンティミスト(*2)の巨匠と呼ばれ、色彩豊かな絵画を残した画家ボナール。そして、彼の妻である、マルトのことを。

彼女はその生涯に渡り、ボナールの描く絵画のモデルをつとめた女性である。
ふたりの出会いと恋の始まりは、ボナールが26歳、マルトが24歳の頃にさかのぼる。しかしこの時、ボナールが彼女の年齢を把握していたかどうか定かではないことは、後のエピソードから想像に容易い。

日常のなかで彼女は、ボナール以外の人物との交流をほとんどしていなかったようだ。
持病で身体が弱いためか、極端なきれい好きからか、一日の大半を浴槽に漬かって過ごす日もあったという。ボナールは晩年、浴室で過ごす妻の姿をいくつも絵画に残している。そこからは、緑に囲まれた家の室内や庭、彼女の好む浴室で過ごす静かな日々を読み取ることができる。

そもそも、美術史に残る画家の妻たちは、揃ってみんな曲者ぞろいだ。
そのなかでも、夫以外の人物とほとんど関わることのなかった彼女のエピソードは少なく、あまり残っていない。

しかし、私はその特異な逸話に撃ち抜かれたように惹かれてしまった。マルト・ド・メリニーと名乗るこの女性は、出会いから恋に落ち、32年後に入籍をするまで、自分の本名を最愛の夫となる人物にさえも漏らすことをしなかったのだ。彼女は入籍時に初めて、本名を「マリア・ブールサン」であるとボナールに告げた。

最愛の人に長い間本当の名前を伝えなかった女性と、彼女を愛し、真実を知ったあとも最期まで愛し続けた画家には、ふたりだけの関係性があった。

絵画の中のマルトは、鑑賞者から覗き見られているような構図の中で、こちらに背を向けていると思えばうつむいて、かしこまったポーズをとることをしない。あくまでも日常の動作の途中、無意識的で自然な姿を見せている。笑わない、けれども拒絶はしていない。独特の親密さが感じられる姿である。
その曖昧な表情は私に、愛するということを問いかけているように映った。

彼女の行動を思うとき、私の好きな映画『Before Sunrise』のヒロインが話すこんな台詞を思い返す。
「もし、この世に聖なるものがあるとするならば、それはわたしたちがお互いを理解しようとする、そのわずかな間に、存在するのでしょうね。もし、魔法があるとすれば、それはきっと、人が人を理解しようとする試みの中にあるの。たとえ、本当にはわからなくても」

ボナールは、自らの目を通して愛する女性の姿を描いた。マルトもまた、視線を認め、描かれることを受けいれていた。
その行為は、ふたりの関係性を示すひとつの真実であり、遺された絵画は今もなお強度をもって、人々へ感動を伝えている。

マルトが名前を名乗ることをしなかった経緯は、彼女にとって重要ではなかったからだと想望する。それよりも大きな秘密を、彼女はきっと自分の中に持っていた。その秘密は、モチーフへの探求心を求める画家へ贈る、人生を賭けたすばらしいプレゼントだったのではないだろうか。

撮影者:Kalina Leonard

*1 19世紀末のパリで活動した、前衛的な芸術家集団。「ナビ」はヘブライ語で「預言者」を指す。
*2 室内画家のうち、親しい家族や友人、ごく日常的な食卓の会話や仕事の情景など、親密感(アンティミテ)を表現する画家たちのこと。

PROFILE

森陽里
森陽里

夏を愛する1月生まれ。表現の始まりは絵を描くことから、アクション・ペインティングから身体表現に興味を持つようになる。多摩美術大学で油画と映画を学び修士課程を修了。俳優やモデルとして活動する傍ら、絵を描く行為を演じたパフォーマンス作品を発表している。趣味はお酒とダンス。

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