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壊れた母と、壊れた私/こだま

私小説『夫のちんぽが入らない』を発表。家族に悩んだ作家の決意

2017年11月 特集:ははとむすめ
テキスト:こだま 編集:野村由芽
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誰の人生も否定したくない。
今年1月に私小説『夫のちんぽが入らない』を出版し、心に強く決めたことだ。

私の母は怒りのスイッチが、ぶっ壊れていた。
親や環境のせいにするなと言われるかもしれないが、心の土台を形成する子供時代に「嵐が過ぎるのをじっと我慢するしかない」という術だけを頼りに生きていたことは、のちの成長に少なからず影響したと思う。叩かれたり、なじられたりするのを耐えていれば「最小限の被害」で済んだのだ。
実家で暮らしていたころ、「自分らしく自由に」という生き方が全く理解できなかった。母が壊れてしまわない方法だけを知りたかった。

何度か転機が訪れた。
実家を出て、夫となる人に出会えたこと。勤めた学校で学級崩壊を起こし、精神状態がおかしくなったこと。退職してネット上で文章を書き始めたこと。
これらは母との関係性の変化でもある。
家を離れ、世の中は選択肢で溢れていることを知った。精神を病んだことにより、自分自身を制御できない母の生きづらさも知った。そんな心の中に溜めていたものを綴っていたら、拙い言葉に耳を傾けてくれる人たちが現れた。
文字にすれば落ち着いて伝えられた。ひとつ書くと、苦しみの濃度が一段階薄まる。身体を幾重にも覆っていた膜が、するり、するりと剥がれていくのを感じた。

ただ、わからないことがあった。
私はどうして子供をほしいと思えないのだろう。
「ちんぽが入らない」という性行為の問題以前に、その思いが、しこりとなっていた。何に躊躇しているのか。仕事を辞めて、子育てできる環境に恵まれているのに踏み出せない。子供がいないことを周囲から責められるたび、辟易したり「私は無能なのか」と落ち込んだりしたけれど、生むこと自体に強い抵抗感があった。なぜそこまで頑なになるのだろう。自分のことなのに、その理由をうまく説明できずにいた。
教師になったくらいだから、子供が嫌いなわけじゃない。他人の子供は大丈夫なのだ。知らない子が飛行機の中でぐずっていても迷惑に感じたことはない。私も同じだよ。大人だから泣くのを我慢しているだけだよ。大声を張り上げる子に、そう言いたくなる。

他人の子ならいいが、我が子だと許せない。
私の中にある、その深い溝は何なのだろう。
答えに導いてくれたのは、私小説を読んだ人の多くから寄せられた「自己肯定感があまりにも低すぎる」という感想だった。
本を出すまで、それほど意識していなかった。自分を否定的にとらえるのは誰にでもあることだと思っていたが、私は度を超えているらしい。
思えば、自分を低く見積もったり、責めたりする生き方しかしてこなかった。他人の過ちには寛大になれるのに、自分のミスはどんなに小さくても許せない。
「誰の人生も否定したくない」と書いたけれど、私は私のことだけをずっと否定していたことに気が付いた。そんな自分の身体に宿る命を、大事に育てられるとは、どうしても思えなかったのだ。
自分を少しでも認めたり、褒めてやることができれば、生まれてもいない我が子に嫌悪することもなかったかもしれない。

長い心の病みから解放された母は、能天気に鼻歌を唄うおばさんになった。過去を問いただそうとは思わない。恨んでもいない。いま私と母の心が健やかであること。無闇に傷付け合っていないこと。それだけで十分じゃないかと思う。
どうしようもなかった過去は変えられない。だから、私はこの境遇を強みに変えて、最後に「この人生でよかった」と言うつもりだ。そういう気持ちで生きると決めた。

母と歩いた海岸の小道

PROFILE

こだま
こだま

主婦。’14年、同人誌即売会「文学フリマ」に参加し、『なし水』に寄稿した短編「夫のちんぽが入らない」が大きな話題となる。’15年、同じく「文学フリマ」で頒布したブログ本『塩で揉む』は異例の大行列を生んだ。’17年、短編を大幅加筆した私小説『夫のちんぽが入らない』が10万部超えのベストセラーに。現在、『クイック・ジャパン』『週刊SPA!』で連載中。

INFORMATION

リリース情報
リリース情報
こだま
『夫のちんぽが入らない』

2017年1月18日(水)
価格:1,404円
発行:扶桑社
Amazon

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