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こだわりも、プライドも、ケロっと捨てるくらいがちょうどいい/塩谷舞

結婚後、NYへ移住。私たちらしいお買い物

2017年12月 特集:だれと生きる?
テキスト:塩谷舞 編集:野村由芽
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「せっかくのお声掛けですが、恋愛モノのコラムはあまり書いていなくて……。私の専門領域とは異なりますし、それはプライベートなことで、相手のいる話ですから。今回は、申し訳ありません。またの機会に、ぜひ」

この夏、何度そんなメールを打っただろうか。

というのも、今年8月に私は入籍したのだが、そのことをFacebookで報告したところ、驚くほどに「結婚・恋愛にまつわるコラム」の執筆依頼が来てしまった。

人のささやかな動向にまで目に留めていただけることはありがたいが、私もWebメディアを運営する人間なので、その内情もわかる。プライベートな話は、PV数が伸びるのだ。

もちろんそんな下心だけではない方もいるのだろうが、だからといって、己の結婚について、恋愛について、よく知らないメディアで晒す義理もない。

ただ、ここ「She is」というメディアだけは少し違って、この場を育む「由芽さん」「まきちゃん」は、私にとって東京生活での酸いも甘いも共有し尽くした、かけがえのない仲間である。そして彼女たちはただ数字のとれそうな「恋愛論」を語らせたいのではなく、もっと摑みどころのない、だけれども「誰にも似ていないだれか」の意思に勇気を灯すような、そんな宝物のようなものを常に探している。

それは、わかりやすく言ってしまえば「多様性の許容」だが、もっと繊細な、呼吸を整えるような空気が、ここにはあるのだ。

さて、前置きが長くなってしまった。「だれと生きる?」というテーマにあわせて、羽田空港での話をしようと思う。

10月から、私たち夫婦は拠点をニューヨークに移した。(とはいえ私はひとり、今は東京に戻ってきているのだが)

東京の目まぐるしい生活からまるで逃げるように、大量の納品をギリギリ間に合わせて、ふたりで夜逃げのような荷物を背負って羽田空港へ。ギターにスピーカー、真冬のコートに数台のMacBook、フリーズドライの日本食。

それまで1分1秒を惜しむような生活をしていたので、空港の手荷物検査を済ませて、やっと一息つくことができた。誰にも急かされない時間は、本当に久しぶりで、心がポッカリ明るくなった。飛行機の出発までは、あと1時間半。

見渡すとそこにティファニーがあって、ふと結婚指輪、という存在を思い出した。

私はハイジュエリーにあまり関心がなく、高級な指輪を買うのであれば、夫婦で気に入ったアート作品を買いたいくらいだった。でもせっかくこれからニューヨークに住むんだから、1つの記念として、あちらに引っ越したら、ティファニーの本店で一番シンプルな指輪を買おう、と。夫がそんな粋な提案をしてくれていた。ハイブランドの路面店に入るのは、自分の粗が浮き彫りになるようであまり好きではないのだが、そんな背伸びさえも、良い思い出になりそうだな、と思った。

その慣れない行為の練習として、羽田空港のティファニーで下見をしていると、「あぁこれだね」という指輪があった。一番シンプルでなんの装飾もない指輪だが、でも指にするりとはまって、とてもしっくりきた。

「今すぐ欲しいな」というハッピーな気持ちと「というか、ここで買ったほうが安いのでは?」という下心がこみ上げた。その空気を察知して、ティファニー羽田空港店のお姉さんがすぐにドルと円のレートの差額、免税分の差額をタタタ……と計算してくれたのだが、やっぱりこちらのほうが、数万円も安い。夫と顔を見合わせた。

私たちは、ニューヨークに移り住むといっても、いわゆる駐在でもなく、具体的な仕事のあてがあるわけでもない。とにかく今ある貯金を大切に使いながら、あちらで仕事を探していくのだ。占いの結果でいうと「人生いちの苦難」らしいが、そこにふたりで突っ込んでいく訳である。

「うん、こっちだね」

即決で指輪を買った。なんだかその瞬間、嬉しくなってしまって、「この人とは仲良くやっていけそうだな」と実感した。付き合い始めた頃よりも、入籍の瞬間よりも、ずっと嬉しかった。だって、あれほど「ティファニー本店」にこだわっていたのに、ケロッとそのこだわりを捨ててくれたのだ。私たちはこれから仲間として、慣れない場所で一緒にやっていくんだから、これくらい臨機応変なほうがずっと良い。

他の人が見たら、笑うかもしれない。でも私にとっては「羽田空港の免税店」が思い出の場所だ。ティファニーの本店には、もっと歳を重ねてから行けばいい。

ここにいたるまでの、ふたりの話はこちらから
想定通りのここまでと、想定外の引っ越し

PROFILE

塩谷舞
塩谷舞

milieu編集長。1988年大阪・千里生まれ。京都市立芸術大学 美術学部 総合芸術学科卒業。大学時代にアートマガジンSHAKE ART!を創刊、展覧会のキュレーションやメディア運営を行う。2012年CINRA入社、Webディレクター・PRを経て2015年からフリーランス。執筆・司会業などを行う。THE BAKE MAGAZINE編集長、DemoDay.Tokyoオーガナイザーなども兼任。

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