私は「気にしない」ができない/こだま

まともに人と話せなかった私にしてはよくやっている

2018年1月 特集:Dear コンプレックス
テキスト:こだま 編集:野村由芽
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「顔の見えない相手には気をつけなさい」と言われるが、お互いの顔が見えないほうが安心して思いを伝えられる人間もいる。

私は生まれつき顔に茶色い痣があり、小学生のころからそれを隠すために前髪を伸ばしていた。耳の後ろには巨大なほくろもあった。真っ黒い耳がもう一個へばり付いているような、長くて肉厚で気味の悪いほくろだった。これも髪の毛でしっかり隠していた。幼心にも「私は汚れている」と思った。どうか、誰も見ないでほしい。ふたつの「汚れ」を土に埋めるようにして暮らしていたけれど、あるとき同級生の男子にあっさり掘り起こされてしまった。

「こいつ顔にも耳にもうんこがついとる」

うんこというワードは今も昔も最強だ。一瞬でクラスが笑いの渦に包まれた。他人の目から見ても、やっぱり私は汚いのだと思った。みんなが私の「うんこ」を目で追っているような妄想に駆られ、人前に出ることが苦しくなった。そこに赤面症が加わり、どもりも発症した。自分で自分をコントロールできなくなっていた。
今、私の顔に当時の「うんこ」はない。地元を離れてすぐ皮膚科に行ったのだ。痣を消すのは日数がかかったけれど、ほくろの切除はほんの数分だった。長年の悩みがこんな簡単に消えてしまうのかと拍子抜けした。これですべて解決するかと思ったが、「私は醜い」「私は人と対等に向き合えない」という劣等感はしぶとく居座り続けた。心が乗っ取られてしまっていた。

マスクをしていれば人と話すのがつらくないと気付いたのは数年前、福祉施設で働いていたときだ。施設内でインフルエンザが流行り、マスクを着用していたところ、普段距離を置いていた同僚らと緊張せずに世間話ができた。顔が覆われていると安心して話せるのだ。インフルエンザが終息したあとも私はずっとマスクをして働いた。
同時にコンタクトレンズをやめた。人の視線が怖かったのだ。視力は左右0.1以下。運転するときだけ眼鏡を掛け、職場では裸眼で過ごした。細かいことを気にしすぎる私には、目に映る世界が少しぼんやりしているほうが落ち着く。よく見えない目なら、相手の目のあたりを見て会話することができた。マスクも、ぼやけた視界も一時しのぎに過ぎないけれど、そうやって自分が楽になれる道を探すことで、目の前の仕事に集中できるようになった。

気のせいだ、気にするな、と子供のころから何遍も言われてきた。本当にその通りなのに、私は「気にしない」ができない。まわりの人が難なくクリアしていることも、時間がかかる。私にはコンプレックスを気にせず生きるのは難しいから、それを超えるくらい別のことに打ち込むことにした。
子供のころは、もうひとりの自分に話しかけるように毎晩日記を書いた。これなら人と顔を合わせなくて済むし、つらいことを心に溜め込まずにいられた。その習慣は大人になるとブログや同人誌、やがて商業誌や書籍へと変わっていった。人と直接向き合うのが苦手だから書いている。私が何でも気軽に話せる性格だったら書くことを選ばなかったと思う。
東京から遠く離れた山奥で原稿を送信しながら暮らしている。「顔」を出さずに書いている。「顔なんてなくなればいい」という子供のころの願いが図らずも叶ってしまった。

まだ私の中にコンプレックスはある。この先もあり続けると思う。けれど、それを帳消しにできるくらい情熱を注げるものを見つけた。
こんな形だけど、ちゃんと乗り越えていないけれど、まともに人と話せなかった私にしてはよくやっている。「よくできました」と自分に判子を押してやりながら、少しずつ前に進んでいきたい。

PROFILE

こだま
こだま

主婦。’14年、同人誌即売会「文学フリマ」に参加し、『なし水』に寄稿した短編「夫のちんぽが入らない」が大きな話題となる。’15年、同じく「文学フリマ」で頒布したブログ本『塩で揉む』は異例の大行列を生んだ。’17年、短編を大幅加筆した私小説『夫のちんぽが入らない』が10万部超えのベストセラーに。現在、『クイック・ジャパン』『週刊SPA!』で連載中。

INFORMATION

リリース情報
リリース情報
こだま
『ここは、おしまいの地』

2018年1月25日(木)発売
価格:1,296円
発行:太田出版
Amazon

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