言葉を覚えゆく娘は、行ったり来たりして人になって/クロダミサト

「幸せって知ってる?」「ちょっと、わからない」

2018年3月 特集:変身のとき
テキスト:クロダミサト 編集:竹中万季
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人には長い、長い人生の中で“変身するとき”が何度か訪れる。
メイクを覚えたときや、試験に合格したとき。
変身の方法は人それぞれで、内面だったり外見だったり。人には変わるチャンスが山のようにあるのだ。
言葉を覚えたときも、もちろん“変身のとき”である。赤ちゃんから“人”へと変わる変身だ。

私の娘は2歳を越えて、ちょうど言葉を覚え始めた頃だ。
もうかなり話せるようになったけど、まだ難しい言葉や、似ている言葉の違いはわからない。

先日、春に入ったというのに寒い日が続いていたので、家で暖房をつけていた。
もともと暖房があんまり好きではない娘は「あんり、さむくないよ?」とドヤ顔で誇らしげに言ってきた。この発言に暖房を消してほしいという気持ちも含まれていると分かった。それに「さっすがお姉さんだね!」と私は返す。
「さすがお姉さん」という言葉は、最近娘が大好きな言葉だ。
何かが新しく出来るようになったときや、褒めてほしそうにしているときに使っている。

「あんり、おねえさん?」「うん」と答えると、「ママはあかちゃんだからさむいの?」と聞いてきた。
「ママは赤ちゃんじゃなくて、おばちゃんだから寒いんだよ」と返すと「ママはおばあちゃんじゃないよ!」と怒ってきた。
「おばあちゃんじゃなくて、おばちゃんだよ」と返すと娘はキョトンとしていた。
「……おばあちゃんと、おばちゃんの違い、分からない?」と聞くと、小さく「……うん」と頷いた。
私も娘に上手に教える自信がなくて、「いつか杏里もなるから、そのときに分かれば良いよ」と曖昧な答えで返してしまった。

昨日、娘と寝る前に布団の中でゴロゴロしていて「ママ、すごく幸せ」と言うと、また娘がキョトンとしていた。
「幸せって知ってる?」と聞くと「わからない」と返された。
「杏里がいて、パパがいて、嬉しい嬉しいってなる気持ちが幸せなんだよ」と答えると「ママもいるの?」と聞いてくれた。
「ママもいるよ。保育園の先生もいるし、お友達もいるし、みんないるんだよ」と言うと「やったー!」と満面の笑みで叫んだ。
「あんり、しあわせー!」と布団の中でしばらくゴロゴロしていた。

次の日に娘に「幸せって知ってる?」と聞くと「ちょっと、わからない」と言われた。
娘は、よく話すようになった。言葉で意思疎通ができるようになり、赤ちゃんからお姉さんになったけれど、おばあちゃんとおばちゃんの違いはまだわからない。幸せが何かも、まだ知らない。でもそうやって娘は、知っていることと知らないことの間を行ったり来たり繰り返しながら、人になっていく。

PROFILE

クロダミサト
クロダミサト

2009年、京都造形芸術大学 芸術学部 情報デザイン学科卒業。2012年、東京工芸大学 大学院 芸術学研究科メディア・アート専攻修了。
写真を中心に主に関東で発表、活動中。
自分自身の経験を踏まえ、自分の身近にあるものをモチーフとし、 “性”や“女性”のあり方、また“人の感情”をテーマに制作を行っている。
代表作に「沙和子」「沙和子 無償の愛」「HER」「美しく嫉妬する」など。

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刹那とはサンスクリット語で75分の1秒。刹那色のネイルをつくりました