大好きなインターネットとファッションが交差する場所で/市川渚

読者モデルを辞める判断、デザイナーの道を辞める判断

2018年3月 特集:変身のとき
テキスト:市川渚 編集:竹中万季
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フリーランスという働き方を選んで、この春であっという間に5年という月日が経ってしまった。

20歳で学生という身分を脱ぎ捨てて、社会人になってから、今の環境が一番長い“職場”となっていることに驚く。そして、ここ1年ほど自分自身が抱いていた、漠然とした感情の正体に、ふと気づいたのである。

「ああ、そうか。今が変わりどき、なのかもしれない」

会社勤めをしていた頃、私は同じ席に長くとも3年弱しか座っていたことがない。20代後半の時点で、履歴書の職歴欄が足りなくなってしまったタイプである。マイナスに受け取る人もいるだろう。

ただ、私の場合、これまで長くとも2~3年のタームで“変わるべきタイミング”というものがやってきて、自ら変わることを選んでいっているだけなのだった。思えば10代の頃からずっとそうだった。

中学生の頃、スクールカースト上位の女子たちに目をつけられがちだった私は、学校生活よりもインターネットの世界にのめり込んだ。自分が作ったホームページには趣味趣向が同じ、同世代の子たちが集まってくれ、夜な夜なチャットや掲示板でやりとりをするのが唯一の楽しみだった。それがきっかけで繋がった友人たちに会うために頻繁に原宿に足を運ぶようになると、その派手なファッションが目についたのであろう、『Zipper』や『KERA』『CUTiE』、『FRUiTS』などといった雑誌の編集の方から声をかけられるようになる。

やがて、雑誌や美容院からの撮影依頼の電話が毎日ひっきりなしに鳴り、手帳は0.3ミリの極細ボールペンで書かれた文字でびっしりと埋まるようになった。大人たちが求めるリクエストに上手く答えていけば、継続的に仕事を頂くことができる。自分自身の存在を認めてもらっているような気がして、承認欲求が満たされた。

当時のポラ(まだ写真がデジタルの時代ではなかった)。髪形の変化が激しかった時代。右上の絵は、落ち込んでいるとき、これをみると私が笑ってくれるからと友人が描いてくれたもの。

その時も雑誌に載るようになってから2年ほど経ったのちに、変わるべきタイミングが来たのだった。極端に低かった自己肯定感はある程度高まったが、手帳の余白が埋まれば埋まるほどに、自分の中には疑問が積もっていった。「私は何のために服を着て、何のために装っているのだろう?」

今考えると中二病だなあ、極端だなあ、と感じる部分も大きいけれど、高校卒業後は真剣にファッションを仕事にしたいと思っていたので、そのためには“お洒落が大好きな読モの女の子”から卒業するべきだと考え、「高校を出たらほいほいと雑誌に出るのはやめよう」と決断したのだった。

『FRUiTS』の表紙に載ったときのもの ※雑誌は編集部私物

高校を卒業し、専門学校でファッションデザインを学んでいた頃も、自分はデザイナーになれる器ではないということにふと気づいた瞬間、方向転換することを選んだ。才能溢れる同級生に囲まれてわかったことは、自分はデザイナーやクリエイターをサポートするような役割の方が向いているということだった。志したのはPRの職だ。

海外ラグジュアリーブランドのPRを行っていた頃

その後、紆余曲折ありつつ、念願のPRとしてのキャリアを掴みながらも、結局今はちょっと別のこと――デジタルを軸としたファッションコンサルタントとして、キャンペーンやウェブのディレクションや制作、ビジネス成長のお手伝いなど、誰もが知る有名ブランドからスタートアップ、若手デザイナーと一緒にお仕事をさせていただいている。求められればこうやって文章を書かせていただいたりもする。

いずれも、大好きなインターネットとファッションが交差する場所で。

私はクリエイターではないので、自分が生み出した何かを知ってほしい、評価してほしいという欲求は薄い。写真を撮ることが好きだけれど、自分の写真を褒めてほしいのではなく、撮った場所や物事に興味を持ってもらえることが一番の快感だ。ガジェットやアプリを片っ端から試すのが好きだけれど、何故それを世間に対して発信していくかというと、素敵なものをたくさんの人に知ってほしいという想いと、それらを開発してくれた人への敬意、何かのお役に立てればという想いからである。

自分のフィルターを通すことで、第三者にとって物事がより魅力的に映ってくれたら嬉しい。そのためにはまず発信力が必要だから、InstagramやTwitterで発信をし続けるし、メディアにも出る。

ECの制作にはじまり、今ではブランドビジネス全般をお手伝いしているシューズブランド「Sellenatela」では、SNSやウェブのコンテンツの撮影を手がけるほか、時にはモデルとして登場することも。

自分のために生きるのではなく、誰かの役に立ちたい。そんな思考の軸が、デザイナーを志すことを辞めた専門学校生の時から、変わらず自分の中にある。

変えないことと、変えること。変えない軸を持っていれば、その軸の周りで変化に富んだ人生を送っても、変化がなんらマイナスにならない。好きなものや信念の軸はぶらさずに、積極的に変わることを選んできたこと、それが自分が生きていく上での自信に繋がっている。

最後に、今の自分に問いたい。

・今の環境に自分が果たすべきミッションはあるか
・今の環境で自分のスキルを十分に発揮できるか、求められているか
・今の環境で自分を高めることができるか、学びがあるか

この3点に対しての答えに曇りや陰りが出てきたら、何かを変えるべきタイミングが来たサインだ。

んー。

やはり、今、変化の”しらせ“が来ているようだ。

PROFILE

市川渚
市川渚

ファッション・コンサルタント。ファッションデザインを学んだ後、海外ラグジュアリーブランドのPR、有名クリエイティブエージェンシーのコミュニケーションマネージャーを経て、2013年に独立。ファッション関連企業を主なクライアントにデジタルを軸としたファッション・コンサルタントとして、デジタルコミュニケーションのコンサルティング、WEBサイト/キャンペーンなどのクリエイティブ・ディレクション、プロデュース、制作などを手がける。他にも、ウェブメディア「DiFa」の立ち上げやクラウドファンディングプラットフォーム「CAMPFIRE」顧問、京都精華大学非常勤講師、コラム執筆、セミナー講師、モデルなどとして、活躍は多岐にわたる。

INFORMATION

連載情報
『市川渚の「デジタル・スタイリッシュライフ」』

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