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昔の恋人は懐かしくない。でも昔の女ともだちは。/山崎まどか

あの子と私だけが好きだと思い込んでた音楽、本、映画

2018年6月 特集:おんなともだち
テキスト:山崎まどか 編集:野村由芽
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昔の恋人と、もう一度会いたいとは思わない。それぞれと付き合っていた頃をしみじみと振り返ることもなくて、男の人というのは、一度付き合って別れてしまうと、思い出さえも引き連れて消滅してしまう生き物なのだなと、十代の頃から考えていた。

そもそも“昔の恋人”って何? 今は好きじゃない人ってだけだよね? 恋人という呼称は現在進行形のみにしか使っちゃいけないんだよ。十五歳の時、親友とそんな話をしていた。

彼女とは中学で出会って、一年目はそれなりに仲が良かった。二人だけで新宿の映画館に『ウォー・ゲーム』を観に行ったこともある。でも、私がささいな嘘をついてからかったら、彼女はそれきり私を許してくれなくなって、二年生の時は廊下や部室で顔を合わせるたびに敵意をむき出しにされた。その頃の私はともだちから「それが災いになって、あんた、いつか絶対に殺される」と言われるくらい口が悪かったのに、彼女の方がずっと辛辣で、泣かされてばかりいた。

二年生の終わりの時に二人をもう一度結びつけたのは、キスの経験だった。どういう訳か学校からの帰り道で一緒になって、彼女にちょっかいを出した高等部の先輩とのことについて聞いている時、やっぱりあれはお汁粉のなかのお餅みたいだと思ったかと私が言ったら、彼女は吹き出した。二人とも最初の時に、相手にいきなり舌を入れられたのだ。

そんな経験をしていて、かつ、それを笑い話に出来るのは、あなたと私だけ。それだけで、クラスメイトと付き合っている学校の華やかな女の子たちより、自分たちの方が先をいっているような気がしていた。小劇場演劇やフィリップ・K・ディック、クレプスキュール・レーベルのレコード。私たち二人だけが好きだと思い込んでいるものが、当時はたくさんあった。
映画が好きな先輩が、ジョルジオ・モロダーが音楽をつけたトーキー版の『メトロポリス』を学校新聞でそれなりに褒めた時は、フリッツ・ラングの作品は見ずに原作だけ読んで、二人でこのSFの女性観がいかに間違っているかという対談形式の長い批判記事を書いた。

そばで電話を聞いていた彼女のお姉さんに「それって痴話喧嘩? 別れ話なの?」と言われるほどの長い喧嘩の後、私は仲直りのために白いリボンを結んだ『アルジャーノンに花束を』の本を彼女に贈った。

私の十六歳の誕生日に、彼女はシンディ・ローパーの『トゥルー・カラーズ』のシングル・レコードをプレゼントしてくれた。添えてくれたカードには『トゥルー・カラーズ』の歌詞が引用されていた。
「みんな自分を見失って/心の闇のせいで自分を小さく感じたりする/でも、私にはあなたの本当の色が見える/あなたの本当の色って虹のようにきれいなの っていう詞なの。私は虹が大好き。そして、あなたのことも大好き」

大学を出た後、一緒にシネマ・ライズで『ミナ』というフランス映画を見た。1960年代を舞台にした、二人の女の子の話だ。あれと一語一句たがわぬセリフで、私たちも喧嘩をしたことがあったよね!? そんな話をして、出会ってからもう十年以上の歳月が流れたなんて、と、どちらかが言った。私か、彼女か、覚えていない。

それから更に時間が流れた。ろくでなしの男たちがいて、結婚や、出産や、離婚があった。今ではもう、ショート・メッセージを送り合うことさえない。

『ミナ』だけではなく、『ゴーストワールド』やクラウディア・ウェイルの『ガールフレンド』といった映画、エレナ・フェッランテの小説『ナポリの物語』や六十代の女たちの友情を描く甘糟幸子の『楽園後刻』にさえも、私はあなたとのストーリーの欠片を見る。でも、大抵の話はあなたと私の物語には敵わない。

昔の恋人を懐かしいとは思わない。でも、疎遠になってしまった昔の女ともだちには会いたい。きっとまたいつか会えると思ってしまう。

PROFILE

山崎まどか
山崎まどか

15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『オリーブ少女ライフ』(河出書房新社)『女子とニューヨーク』(メディア総合研究所)『イノセント・ガールズ』(アスペクト)共著に『ヤングアダルトU.S.A.』(DUブックス)翻訳書にレナ・ダナム『ありがちな女じゃない』(河出書房新社)等。

INFORMATION

書籍情報
書籍情報
『優雅な読書が最高の復讐である』
著者:山崎まどか

2018年6月8日(金)発売
価格:2,376円(税込)
発行:DU BOOKS
Amazon

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