わたしはコラージュ作家とグラフィックデザイナーをしている。コラージュとデザインということもあり、普段からコラージュに使う素材やインスピレーションをひたすら集めている。
コラージュを始めたのは高校生。ふと立ち寄った古書店で、ロシア・アヴァンギャルドのポスター集を目にしたのがきっかけだ。とんでもなくかっこいいアートワークの数々、はじめて見る世界に衝撃を受けた。
それからというもの、古書店巡りはわたしにとって、知らない世界への旅の起点となった。古書店の入り口は飛行機の搭乗口みたいなもので、背表紙は行き先。気になったものを開き、さあ出発。寄り道だって自由だ。
読書のための本も購入するけれど、素材とインスピレーションのために雑誌や作品集を連れて帰ることがほとんど。絵、写真、コラージュ、建築、どんなものもインスピレーションになるけれど、最近は特に色合いや構図に惹かれるものを連れて帰るようにしている。そして何と言っても、ジャケットがいいものには目がない。飾って眺めるだけでもうれしくなる。
素材は1800年代~1950年代のものが主で、フランス、チェコ、ロシアのものが特に好みでよく使う。フランスはクラシックさ、チェコは色使い、いい意味でのチープさ、ロシアはどこか狂っているところ、女性の顔つき、その国ならではの独特の魅力がわたしの心を掴む。
昔の紙の手触り、色合い、匂い、それらすべてが一瞬でその時代にタイムスリップさせてくれる。当時のものに触れるということは、その時間に触れることと同じだと思う。なかには当時の持ち主であろうひとの落書きや、ラブレター(フランス語の手紙を一度訳して読んでしまった)などに出くわすこともあり、それもまた楽しい。
素材選びも旅のひとつだけれど、制作もまた新たな旅だ。切り抜いた国も年代も違うそれぞれの素材が、自然とピタっとひとつに集まる。そしてガイドのような存在となって、想像の旅へと連れて行ってくれる。
「それではわたしはここで」とひとりずつ居場所が決まっていき、気づいたら目の前には不思議な世界ができあがっている。わたしは制作するときに、ほとんどテーマは決めない。そして最初からイメージを固めないようにしている。どんな世界ができあがるのか、自分でも予測できないのがコラージュの楽しいところだから、その楽しさに委ねている。
本や紙ものだけでなく、アトリエにはアンティークの家具や小物たち、クローゼットには古着がたくさんあるけれど、そのものたちも同じで、付いている傷、修理の跡、雰囲気から持ち主を想像することも、また旅になる。時を越えてきたものたちは、そういう想像の旅に連れて行ってくれる魅力を持っているからすきだ。
最近は海外へ行けていないけれど、数年前、フランスとチェコとロンドンに行った。
フランスでは、尊敬している詩人「ジャック・プレヴェール」が生前暮らしていた家とアトリエに特別に入らせてもらい、彼はコラージュも制作していたので実際に作品も見せてもらった。あの時の言葉にならない、湧き立つ感情は今でも創作の源のひとつ。チェコでは、念願だった「セドレツ納骨堂」という、骸骨教会にも行くことができ、さらにこちらも念願だった「マリオネット博物館」にも行けた。ロンドンでは博物館をひたすら巡り、レコードをたくさん買い込み、ビートルズのジャケットでも有名なアビー・ロードを渡って、なんだかうれしくなった。
どの思い出もいつでもまたその時へ連れて行ってくれて、日々のパワーにもなってくれる。
実際に旅へ行くことはもちろん、例え足を運べないとしても、その国のもの、年代のものを実際に見て触れること。それだけでいつどこにいても、出発できる。そしてわたしは今も旅の途中。