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見えない色 見えていない色/たかぎみかを

村に来て5年。光る花や、100歳のしづさんとの交流

2018年7月 特集:旅に出る理由
テキスト・写真:たかぎみかを 編集:野村由芽
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「あ! 流れ星!」暗闇から夫の声がする。どこどこ、と急いで目を泳がせてみるけれど私には見つけられなかった。「星が流れているあいだに願いを3度唱えられたら叶う」という不思議な話を、満天の星空を眺めているといつも思い出す。

けれど、流れ星を見つけてから、えーとえーと……と願いを思い出しているようでは一瞬過ぎて到底間に合わない。こういう瞬間に思い出せないような願いでは叶わないのかもしれない。きっと、日々のなかにその願いがあって、いつも忘れずに願っていないと、あの流れ星には追いつけない。小さい頃からの謎がひとつ解けたような気がして、私は一番の願いをぎゅっと胸に抱いた。

引っ越して3回目の春、花が光っていると気づいた日があった。まだ薄暗い朝に、目をこすっては二度見、三度見したが、やはり光っている。この朝の時間帯の太陽が特別にそうさせるのかと思ってみたけれど、花は日中も光り続け、夕方、一面が青色に染まってもやはり光り続けた。翌日もまだ光っていて、その次の日から少しずつ光は弱まり、花の色も変化していった。なんと不思議なことだろう。それからというもの、他の花を見ても葉っぱを見ても、光る時期があるのだとわかるようになった。それは植物の精気が満ちた、貴重な数日にしか見られない現象なのだと思う。

村の入口にはお地蔵さんが立っていて、その横には100歳のしづさんが住んでいる。ずっとひとりで暮らしていたけれど、つい最近、娘さんのお家に村内引っ越しをした。縁側の障子が開いている。そこにちょこんと腰掛けたしづさんが、何やら一生懸命にえんぴつを握っている。そっと訪ねてみるとぬり絵をしていた。しづさんは私に気づくとへへへ……と笑って「よう目ぇが見えんのです。どないな色やらわかりません」。と色えんぴつを置いてしまった。薄茶色に青が混じった瞳の奥に感じる強い光。真っ直ぐに目を見て、真っ直ぐに声を出す。やわらかく、丁寧で、それがとてもしっくりとしづさんらしく、自然である。人に物事を伝えるとはこういうことなんだ。その一瞬で解ってしまったことが、ちっともできていない自分を恥ずかしく感じた。光を渡したり、受け取ったり、もしかしたら私もそんなことができるようになれるのかもしれない。

見惚れていると、奥からごそごそと絵の束を出してくれた。「これをずっと塗っとるんです」。ずっしりとしたそれを受け取り一枚ずつめくると、驚いてしまった。なんと色彩豊かなのだろう。黒々と深い山々は巨大な生き物のようで、そのあいだを風なのか、霧なのか、海なのか、分からないものが渦巻いている。「見本が付いとるんです」としづさんが見せてくれた。見本とは比べものにならないくらいまったく違う。「赤をこうして塗ります、やっぱりこの横に青をいれます」と話しながら、いま描いている絵を塗って見せてくれた。空はもう夕焼けでいっぱいである。しづさんが描く道はアスファルトではない。まだ土の道で、風が稲穂の中をびゅんびゅん吹き抜けている。山では尾根(おね)が光っていて、陽のあたる場所と影とがくっきりと支え合っている。針葉樹の深い青緑、黄金に光る草、ピンクの風。闇は黒ではなく、多くの色の交わりだと知らされる。弱い筆圧で細かく塗り重ねられた色に、その感性に、躰の真ん中がぞわぞわっとした。同じ村に住んでいて、ひとりひとりいったいどんな風景を見ているのだろう。自分のなかにある風景はどんな色をしているのか。ひとつひとつが照らし出されるようだった。昔の話を聞いて笑って、すっかり日が暮れた。しづさんの100年分の夕焼けがとっぷりと躰に沁み込んだ気がして、有難い帰り道だった。

今日も花が光っている。生命の旅を早回しにしたような、スローモーションにしたような、呼吸する度にひらいてゆく力強さ。引っ越して初めて迎えた春は、わあ! わあ! と驚いている間に春が終わり、夏が終わり、秋が終わり、冬になり、また春になった。次々に咲いていく花を次々に追っていたら、それだけで忙しくて追いつけなくなり、ただただ毎日驚いていた。数年経ってようやく諦めも混じってきて、追いつこうとすることをやめた。今年はこの花を見ていよう。目があったこの花が終わるまでを見てみよう。心持ちが変わっただけで時間はゆっくりと進み出す。花が光って、その光が消えるまで、どんな風に生きようとしているか。見渡すと無数の命が広がっていて、全部を受け止めようとするとクラクラするけれど、数は少なくていいのだと思う。すぐそこで放たれている光を、過ぎていく時間を、愛おしみながら知っていきたい。

気がつくと、また違う星空になっている。天体は動いて、たった数時間で世界が変わってしまったみたいだ。正解も間違いもない世界。ただここにある世界。この空を何人の人が見ているだろう。そこは暑いかな、寒いかな。動物も見ているかな。植物はどんなふうに光を感じているのだろう。すぐに忘れてしまうのだけれど、ちいさな奇跡を祝うことを何度でも思い出したい。おおきな時間の流れの中のこの一瞬に、あなたが目の前にいることをとてもおもしろいと思う。

PROFILE

たかぎみかを
たかぎみかを

1981年大分県別府で生まれ育ち、現在は兵庫県の山裾に在住。
人と自然に育まれながら、
近くに生えている植物や動物の毛で筆を作ったり、
土をろ過して絵の具を作りながら絵を描いています。

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