「誰でも主役になれる……夏」 /吉野舞
夏になるといつもあの映像のことを思い出す。
祖父母の家で、風鈴の音を子守唄にしながら、全身汗だくでお昼寝。
暑さの不快感で目覚めたときにブラウン菅の向こう側から流れてきた映像は、何も感じられなくなるほどの青い空と眩しいくらい黄緑色の田園風景。
これが『冬冬(トントン)の夏休み』という、台湾の映画だと知ったのは、ここ最近のことだった。
この映画は、祖父の家に預けられた少年と妹、その二人を取り巻く周囲の人々が繰り広げるひと夏のお話で、人は夏に成長するということ、別れのときの胸にこみあげてくる思いは、いつでも誰にでも平等にやってくるものだからいちいち喚くことではないと、主人公と同じくらいの年齢の小娘だった私に教えてくれたのだ。
私は、この映画をずっと日本の映画だと思っていた。
映画の中に出てくる部屋の家具や役者のキナリ色の洋服は日常に見慣れた物で、それに青天なんて、8月6日、8月9日、原爆が投下された日に毎年ニュースで黙祷の意味も込めて映し出されている空遠な青い空の色味と全く同じだったから。夏空をじっくりと見つめることは、あの瞬間だけになってきている。
いつも思い出すそれらの風景さえも思い出させてくれない、じっとりと長く続いた今年の梅雨前線。
She isのイベントで、共通の友達も多かったことをきっかけに仲良くなった祝茉莉ちゃんと急遽、2泊3日台湾の旅を決行。
二人とも別に、「ここに行かないと絶対にダメ!」的な目的はなかった。台湾にいる友達に会いたい。お金の工面ができたから。でも、一番の理由は東京の持つ速度から外れて、ただ休みたかったから。そんなとこ。
私は三度目、
祝茉莉ちゃんにとっては、初めての場所。
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暑い日差しの中でもバッチリ映える祝茉莉ちゃん
台湾に行くと、どうして日本にいるような錯覚に陥ってしまうのだろうか。
もちろん歴史的に日本が関係した影響もあるし、台湾の子の間で流行の一番のお手本は日本人だとも聞いた。だけど、出発前に立ち寄った本屋で手にとった旅雑誌の中に書いてあったカタコトの台湾語で話しかけてみたり、夜市で見知らぬ人の汗がくっついたりしても、旅先なのに日本にいる以上に安心感に包まれてしまう。それでいて、どこかで感じる小さなズレ。その感覚が心地いい。
アイスが5秒で溶けるような痛い日差しは、冷えに慣れきっている現代的な私たちの身体に、「これが現実やで! なめたらあかん!」と、夏に母国より南を旅することのアメとムチの「ムチ」の方を与えた。肌だって焼けたし、もう焦げパンみたい。
旅はどんだけ時間とお金がなくても、そのときの持てる力を振り絞って全力で楽しんでいたら、後からその経験が予想以上の思い出になって、どこへでも持ち運びながら、自分の中でぴかぴかと輝き、残り続ける。
今回の旅もそう。写真を見てくれたらその感じ、伝わるんじゃないかな。
私たちがきちんと歩んだ、彩度の高い夏の日々。
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旅の途中、祝茉莉ちゃんが見つけ出してくれた魅惑的なホテルに惹かれ、日付が変わろうとする前、台北から新幹線で1時間の「苗栗(ミャオリー)」という台湾北西部に位置する県に向かった。
苗栗市は、どこか浅草の下町を思い出すような古い街。台北よりも人も建物も混雑していないので、着いた瞬間、空気の新鮮さにぼんやりとしていても気づく。
ホテル『新興大旅社』は、創業約70年の老舗宿。二代目の女将さんとその娘さんが三代に渡って営んでいて、今も創業当時から変わらない建物内の空間に、過去という時間があったことが、今まさに目の前に存在している気持ちになる。ここには、日本語も英語も話せるスタッフの方がいてくれたお陰で、コミュニケーションも難なく図ることができた。「困ったことがあれば何でも言って」と、積極的に助けを申し出てくれるのは台湾の人の特徴だろうか。微笑んだ目がとても優しい。
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ホテルの玄関前でハイッチーズ!
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ホテルの部屋の鏡の中。私が持ってきていたワンピースが部屋にあるインテリアの色味とよく合う
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ミッキーとひまわりの組み合わせ方にセンスを感じる
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ホテルの内部の至る所には、造花と本物の植物のオンパレード
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朝焼けのとき、部屋の中のカーテンと光が中和していて水彩絵の具の発色のよう
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ホテルのボーイの男の子は、日本語を話せるスーパー大学生。日本のアニメを見て勉強したんだって。ホテルの隣の喫茶店で一緒にお茶した
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ホテルで一番華麗な大階段は、台湾でよく見る大理石とセメントを組み合わせた人造石(テラゾって言うらしい)
ホテルを出て、朝ごはんを探しに歩いていたら、暑さで呼吸が荒くなりながらも走る子供達とぶつかった。そのとき「この子たち昔、確かにどこかで見た」と、初めて訪れたこの街の風景に、夏のイメージとして浮かぶ台湾映画『トントンの夏休み』に出ていた少年の姿が回想シーンのように頭の中で駆け巡っていった。
そうだ、ホテルに置いてある古いままの家具も、雲一つない青天井も、懐かしく感じるのは、あの映画で見覚えがあったからだ。
こうやって日常の中で、想像もしていなかった光景と偶然出会えたとき、自分の思い出が引き合いに出て、今と結びつくときがある。俯瞰して見ると、思い出っていうものは、線と線で繫がっているのではなくて、点同士で浮かびあがってくるのではないだろうか。私たちが過ごした時間は、忘れることと、再び思い出すことの連続のやりとりで保たれている。特に、夏の思い出はどの季節より濃く、起こった出来事を身体感覚で鮮明に覚えている。子供の頃、ずっと日光の中で生きていきたいと思っていたし、夏に見たものは何もかもが美しかった。そんな幼い頃の私にこの台湾の旅の途中で出会ってしまった。みんな、この季節に引き出される思い出がきっとあるのだろう。
夏の毎日なんてあっけないものだ。
思い出をつくろうと必死になって、みんな可愛い。
短い夏は誰でも主役になれるような気がする。
人が夏に発するその気迫には、天と地を結ぶような大輪の花火と同じくらいの一瞬の儚さを感じる。
そして、そのパワーを発揮するのってその場にいるチャンスとかじゃなくて、自分が起こしたいかどうかの意思の問題だよね。
そんな話を隣に座っている祝茉莉ちゃんとしていたら、私たちを乗せた飛行機はあっというまに日本に着いてしまった。
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祝茉莉ちゃんへ
この前は一緒に台湾へ旅してくれて謝謝!
「台湾で飲むドリンクって全部タピオカ入り?」って言う質問も、アプリで海外のタクシーを駆使する姿も、祝茉莉ちゃんが台湾で見た夢に出てきた英語のお告げの不思議な話も、私は全部ふとしたときに思い出していて、また会いたくなる一つの準備になっているんだと思う。
休まないと、どんどん人も自分もズルくなるような気がするから、しっかり休むときは休んで、祝茉莉ちゃんが持つ魔術を周りに使いまくってね。
旅の熱は冷めたとしても、これからまだまだ夏は続くよ。
私は、世界のどこかにいます。
だから、また休みをとって、西から東へタンポポみたいにどこにでも飛べる旅をしよう。
舞より
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旅で撮った写真やテーマにしていた言葉をタトゥシールにしました。この前の『偏愛サマーな夏休み』でも販売して大好評! 来てくれた方、買ってくれた方どうもありがとう
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