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自分らしく、のその周縁/堀静香

どんなわたしもわたしだといつまで思えないままなのだろう

2020年9〜12月 特集:自分らしく?
テキスト:堀静香 編集:竹中万季
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初の著書『せいいっぱいの悪口』を出版した、哲学者の夫とムーミンとともに本州のはじっこで暮らす堀静香さん。歌人であり、国語科教員でもある彼女が特集「自分らしく?」に対して綴ってくれたVOICE。「どんなわたしもわたしだと、そしてあなたもそうなのだと、いつまでも思えないままわたしはわたしでいるのだろうか」

授業のなかで、あたらしく出てきた言葉を説明することかある。エゴイズムとかグローバリゼーションとか、因果とか主観とか。
いつだったかアイデンティティという言葉を説明したとき。「自己同一性。自分が自分であって、他人とは異なるということ」なんて調べれば書いてあるけれど、よく分からない。さらにもっと噛み砕いて、「自分というものは他者と比べたときに映るそれ、そのときのわたしのこと。他者がいるから自分とはどんなものなのかわかるのかもね」なんて説明して、けれどやっぱり自分でもピンとはこない。生徒たちもあんまりしっくりこないみたいだった。アイデンティティが保てなくなることを、アイデンティティクライシスなんて言うね、とごまかしてその話は終わりにしてしまった。

わたしの特技は人と比べることかもしれない、とつねづね思う、思ってきた。
気づけばこれまで声だとか背の高低だとか肌の色だとかキレイさだとか髪のツヤだとかこと細かに容姿を比べて、テストのたびに成績を比べて、これまでの恋愛経験、告白した数された数フラれた数、恋人の数を比べた。誰かといれば飽きることなく次々と比べることは泉のように湧き出して、才能の有無を比べて、立場を比べて、呼吸のように無意識にそんなことをやっているから比べるほどにすこしずつ、気づいたときにはまわりの酸素が薄い。ここは、呼吸がしづらい。でもそうしているのは自分なのだ。
人と比べてよかったことなんてほんとうはなく、ほっとしたとしても「何様だ?」とあとから自分で突っこむし、自己評価なんてそもそもが地底深くに潜りこむほどに低いのだから、たいてい比べればつど落ちこむ。
そんなことをよくまあ10年20年の単位でセッセとやってこれたもんだよなあと己の比較魂、その根気強さにため息が出るけれど、呼吸と同じように無意識なのだから仕方ない。

週のはじめに一度、生徒たちには授業の冒頭にその場で思ったことや考えたことを自由に書いてもらうという時間を作っている。書くことはなんでもいい。部活のこと、勉強のこと、趣味のこと。眠いとかだるいとか、そんなんでもいい。この時間があるから、月曜日に学校に来るのがちょっとだけしんどくないと言ってくれる生徒もいる。書くことが思いつかなければ15分、あたまのなかをぼうっとめぐらせるだけでもいい。わたしも一緒に遠慮なくぼうっとする。
かつてそのなかで「わたしはかっこいい女の子になりたい。かっこよくて、思ったことを言える、やりたいことをやれる、強い女の子になりたい。でも、誰かに守ってほしいと思うこともある。どっちも本当だけど、どっちが本当かわからない」といったようなことを書いている生徒がいた。きっとその、どちらも本当で、その気持ちは矛盾しない。すこし泣きそうになりながら、その言葉を見つめた。かっこいい女の子。かっこいい女の子になりたい女の子。

かつてのわたしは、そんな風に思えずに誰かと自分を比較して、より好かれることだけを、他者のまなざしを獲得することだけを考えていたなと思う。比べなければ、安心できなかった。かっこいい女の子は、そんなことしないんじゃないだろうか。あなたはあなた、わたしはわたしとどんなときでも認め合って、まっすぐに見つめて手を取り合える。素敵だね、って言い合える。そんな女の子でなかったことを、痛みとともにふり返る。

ひとと自分を比べるのは、自分に自信がないからだろう。そうなんだと思う。ずっとそう。かっこいい女の子は――そこで思考は停止して、なりたいわたしのその先になりたかったわたしは立っていない。ずっと好きになれないこの大きな手のひらを見る。かわいくない。かっこよくもない。左の薬指には指輪をはめている。好きなひとと結婚したから。こんなわたしを好きなひとと一緒になったから。
でもわたしは、わたしを好きになれない。もしも自分を好きになってしまったら、それはわたしではないのだから、とわたしが言う。そんなおかしなこと、あるだろうかと自分でも笑いたくなる。自分を好きな自分でいなさいよ。かっこよくもかわいくもない。嫉妬深く欲深く、いつもぐらぐらグツグツにあたまを煮やした自分。まるごとわたしで、まるごと嫌いだ。嫌いなわたしを、わたしはいつか、好きになる?

家庭科の授業で何種類かのつまらない柄のなかから一番シュミの悪い柄をわざわざ選んでそろって同じエプロンを縫って作り上げて、みんな同じねって安心して。それでいいって黙ってそれ以上知ろうとしなかったくせに、その数年後にはささいな変化を逃すまいと、誰かと違うことをひとつずつ指さして、「あなたらしいね」とにっこり定義する。あなたらしさやわたしらしさはいつからかイイモノにすり替わって、あれ、そんな急に大人みたいに微笑まないでほしい。

アイデンティティについて説明したときに、こんなことも話した。「誰かと関わり合うことでしか自分のことを知ることができないのなら、それならほんとうの自分なんてどこにもいなくて、だからはじめから探す必要などないのかもしれないね」と。比べることはしんどいけれど、誰かと関わらなければ、わたしのことを知ることはできない。ということは。きっと他者とのいい関わりかたというものがあるのだ。30年生きてきて、わたしはまだその中身を知れていないのかもしれない。

クッキーの型できれいに切り取られた人型の、その抜け殻のほう。もう一度丸めて伸ばして、またひとつ、あたらしいクッキーの型を抜く。そうしてもう、最後に型抜きできない大きさになった生地を手で無造作に、雑談まじりにふざけながら作ったハートのクッキー。焼きあがってみればハートなのかなんなのか、太りすぎてわからない。味見といってはじめに食べてみるそれは、よく膨らんでパンのような味がする。

何も考えずにいられることが、さいわいなのだとしたら。そんなことはないとも思う。自分らしさのその周縁、土星の輪っかのように散らばる無数のため息のようなあきらめと、落胆と、わたしのすべてがぐるぐる回る。どんなわたしもわたしだと、そしてあなたもそうなのだと、いつまでも思えないままわたしはわたしでいるのだろうか。かがやく星を見つけてあれがいいなあと指さして、いつまでも手は届かない。
生焼けのいびつなクッキーも型抜きの整ったそれも、いいじゃないと思えるようになるには、どれくらいの時間がかかるのだろう。

PROFILE

堀静香
堀静香

1989年よこはま生まれ、よこはま育ち。歌人集団「かばん」所属。本州のはじっこで短歌をつくりながら、哲学者の夫と、そして最近うちに突然やってきたムーミンとともに、三人で楽しく暮らしています。twitterやnoteでその暮らしを綴っているので、読んでいただけたら嬉しいです。

INFORMATION

書籍情報
『せいいっぱいの悪口』

著者:堀静香
価格:700円(税込)

せいいっぱいの悪口|恵文社一乗寺店 オンラインショップ

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