自分にとって心地よい生活とは何なのか、逆にそうではないものは……? わたしたちは誰しも豊かな生活を送ることを望んでいるけれど、その「豊かな生活」の定義はきっとひとりひとり違うはず。
She isでは2018年5月に大阪・梅田 蔦屋書店で開催されたPOP UPフェアに寄せて、「生活をつくる」をテーマに書籍をGirlfirendsに選んでもらいました。今回はそれぞれの本をテキストとともにご紹介。年の初めはこれまでの1年の生活を振り返り、これからの生活を考えるタイミング。こんな生活をつくっていきたいと思える一冊をぜひ見つけてみてくださいね。
内田百閒『東京焼盡』/「どんな日々も自分として暮らすための、クールでパンクな姿勢が学べる一冊」(長田杏奈)
自分の力ではどうすることもできない大きなうねりの中でも、長いものに巻かれきらず身の丈の偏屈を通して暮らす。この本は、飄逸な随筆で知られる文士が、戦時下の東京を綴った日記である。空襲警報が鳴り響けば、目白の鳥かごや一升瓶を持って逃げる。時の権力に真っ向から反旗を翻しはしないが、折を見てちょっとした嫌味やからかいで応酬する。紋切り型の条件反射ではない自分自身の感覚をもって、真新しく物事を見届けて記録する。諧謔と風流を味方に、ギリギリの現実から一拍置いて不敵に今日を生き延びる。ささやかで世界を変えることはないかもしれないけれど、どんな日々も自分として暮らすための、クールでパンクな姿勢が学べる一冊。(長田杏奈)
林のり子『パテ屋の店先から―かつおは皮がおいしい』/「お金持ちじゃない私の、お金に頼らない生活のお手本」(梶山ひろみ)
その日の予算と気分を汲んだ“いい塩梅”の料理が作れるだけで生活は格段に充実する。目の前の食材を生み出す自然や人知に思いを馳せれば馳せるほど、楽しさは無限大に広がってゆくと思う。本書は、東京・田園調布で1973年から営業を続けるPATE屋(その名の通りパテを売る店。レバーパテが絶品!)の店主が綴る食エッセイ。著者の経験と好奇心が炸裂した文章は、どこもかしこも切れ味よく、うっとりしてしまう。巻末の「新装増補版によせて」だけでも読んでみてほしい。お金持ちじゃない私の、お金に頼らない生活のお手本がここにはある。(梶山ひろみ)
ローラ・インガルス・ワイルダー『小さな家のローラ』/「わたしにとっては、生活とは手に届きそうで届かない『憧れ』(きくちゆみこ)
生活、と聞いていちばんに思いついたのは、小さなころに夢中になった『大草原の小さな家』に出てくる西部開拓時代の暮らしだった。でもそれはワイルドウエストと呼ばれるような荒っぽい男の世界ではなく、少女ローラを通して描かれる素朴で豊かな日々の営みのこと。おろしニンジンで色をつけたうつくしいバターやブタのしっぽを丁寧にあぶったくし焼き(!)、それからクリスマスのために母さんが準備する塩味の発酵パンや干しリンゴのパイ……シンプルだからこそ、簡単には真似できない暮らしがあることを幼心に感じていた。だからわたしにとっては、生活とは手に届きそうで届かない「憧れ」みたいです。本書はそんな『大草原』を安野さんのやさしいイラストたっぷりで再編集したもの。でも、今年こそは、雪の上に糖みつをたらしてつくるキャンディーをためしてみたいなあ……。(きくちゆみこ)
太田明日香『愛と家事』/「『愛と家事』の呪縛や母娘関係に悩んだ作者が、ひとつの生き方を提示してくれる本」(こだま)
タイトルに込められた意味を勘違いしていた。これは愛情を持って家事をしようと勧める本ではない。また、その考えを否定するものでもない。旧来の男女観が根強い農村に生まれ、「愛と家事」の呪縛や母娘関係に悩んだ作者が、ひとつの生き方を提示してくれる本だ。愛と家事を切り離したい。家事にどれだけ手を尽くすかで愛の深さをはかるのをやめたい。家事にかかわらず、世の中の「よい」とされてきた家族や夫婦のあり方に囚われすぎていないか。親の愛、夫婦の愛という圧力で相手の口を封じていないか。そんな窮屈な関係から抜け出す糸口が端正な文章で綴られている。(こだま)
エレナ・ファヴィッリ、フランチェスカ・カヴァッロ『世界を変えた100人の女の子の物語』/「女の子であるからといって自分の好きなように人生を選べないことなんて決してない」(小林エリカ)
子どもの頃、図書館に並ぶ偉人伝にはずらりと男の人の名前ばかりで、マリ・キュリー、ヘレン・ケラー、ナイチンゲールくらいしか女の人の名前を見つけられなかったことが不思議だった。けれど、世界にはこんなにもたくさんの多様な生き方をした女の子たちがいて、女の子であるからといって自分の好きなように人生を選べないことなんて決してないと、教えてくれる本があらわれてくれて、とても嬉しかった。(小林エリカ)
細川亜衣『食記帖』/「季節の過ごしかた、食べものをひもとくのにぴったりの一冊」(生物群)
季節の過ごしかた、食べものをひもとくのにぴったりの一冊です。季節が変わっていくとき、わたしは気温や風や花や食べものが変わっていくのについていくのがやっとなのですが、この本で次の季節のところをつまみ読んでおくと、「ああ、もうすぐ山菜の季節なんだ」「これから夏野菜をたっぷり食べられるな」と次の季節の予習ができるのです。写真がなくて日常食の献立をただ箇条書きにしてあるだけだから、ある意味で妄想する余地があるのがとても良い。(生物群)
ほしよりこ『きょうの猫村さん 9』/「今日も私はiPhone の待ち受けにいる猫村さんに元気づけられている」(つめをぬるひと)
猫村さんは、実は銀行口座を持っている。お酒を飲むと歌い出して寝てしまう(らしい)。お肉屋さんからおまけでもらったコロッケを買い食いしながら歩く。若干空気を読まないところがあっても嫌な感じはせず、むしろそれが周囲を調和させている。近所のおばさんを見ているようで、子供を見守っているような、不思議な気持ち。家政婦として働く家で嫌がらせにあっても「私がしっかりお勤めしていれば私のせいじゃないのよ」とひたむきに頑張る猫村さん。随所に出てくる言葉には、ほしよりこさんにしか出せない独特の説得力や世界観があって、その全てに尊敬の念を送りながら、今日も私はiPhone の待ち受けにいる猫村さんに元気づけられている。(つめをぬるひと)
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