「旅に出る」と一口に言っても、遠方に出向く行為だけが旅ではありません。いつも通り過ぎていた近所のバーに入ってみること、見知らぬ町の賃貸情報から完璧な間取りを探すこと、詩に没頭すること。些細な挑戦や空想も、立派な旅のひとつです。感覚をほどいてアップデートすることで一層日常を楽しむための、そのヒントとしての非日常。絵というものは、感情のショートトリップへの橋渡しとしての役割をしばしば担います。今回は、体が旅を欲するように本能を揺さぶるイラストや、心を遠くに連れ出す作用を秘めた絵を描く作家3名をご紹介します。
異次元なのに、なつかしい。いしいひろゆきが生み出すトリップの醍醐味を凝縮した作品
『1_WALL』ファイナリスト選出、『ザ・チョイス』入選などの受賞歴を持ち、数々の個展開催や、雑誌『WIRED』や『QUICK JAPAN』の表紙や挿画など精力的に活動するイラストレーター、いしいひろゆきさん。
「夢のような世界や、ヘンテコな絵を描いています。」という作家本人によるコメントの通り、彼の作品には幻想的な色合いや、超自然的なモチーフ・ロケーションが数多く見られます。それでいて突飛な印象はほとんど与えず、むしろ子どもの頃に熱を出して見た夢を巻き戻して見ているような、夢そのものの原風景を覗き見しているような、そんな感覚に瞬時に引き込まれてしまうのです。異次元なのに、なつかしい。場所や時間をも揺るがしてしまう、トリップという概念の醍醐味を凝縮したような作品群が、彼の手から生み出されています。
北村みなみが描く、宇宙旅行が可能になった未来を生きる女の子たち
映像作家、アニメーター、イラストレーターとして活動する作家、北村みなみさん。阿佐ヶ谷VOIDにて個展『さよなら人類』を開催したほか、ミュージックビデオや装丁、ウェブコラムの挿画を手掛けるなど、幅広く活動しています。
可愛らしい女の子のキャラクターを主軸に描かれる彼女のイラストは、宇宙にまつわるシチュエーションが選ばれることが多々あります。現代に生きる我々には考えられない状況で、澄まし顔をする彼女たち。宇宙旅行が可能になった未来を生きる女の子たちは、どんな恋をしていて、どんな悩みを持っていて、どんな星がお気に入りなのでしょうか。未知の生命体のお友達ができたりするのでしょうか。年齢を重ねて大人になることや、時が進みテクノロジーが進化していくということは、選択可能な「ちょっとした非日常」が次第に増えていくということ。それってとっても愉快です。平成も夏も終わってしまうけど、素敵なことを探しに行く行動力と気概があれば、暮らしは彩りを増していくはずです。
眺めているだけでその場所へと連れて行ってくれそうな、ムラサキユリエの世界
『1_WALL』入選、グループ展への参加や装丁や挿画など、活動の幅を広げるイラストレーター、ムラサキユリエさん。
彼女の描くイラストは、危うい魅力を秘めているように思います。底知れなくて、目が離せない。眺めているだけでその場所へと連れて行ってくれそうで、そう感じたときにはもうすっかり引き込まれている。かつて学校で建築デザインを学び、文芸雑誌へ詩を頻繁に投稿、鑑賞した映画の好きなシーンはイラストに落とし込んで記録しているムラサキさん。彼女は自分の肌に馴染む手段を模索し、選び取り、表現そのものと真摯に向き合うことで、身近なものから遠くのものまでを余さず的確に捉えようとしているのではないでしょうか。おぼろげな色合いの中に見え隠れする思考の渦が、フックとなってわたしたちの心を惹きつけるのかもしれません。