多様な生き方が認められつつある今、たくさん稼げる職業に就くことだけが幸せな選択ではなくなり、慎ましいながらにたのしく生活する手段も増えてきました。とはいえ、わたしたちが暮らしているのは、ただ生き延びるだけでもお金のかかる世の中です。プラスアルファの活動に手を出すことは、お財布を思うと憚られる。しかし、「創造」や「表現」は、豪華な道具や整った環境がある人の特権ではありません。今回は、身近な素材や空間で制作を行うイラストレーター・漫画家の作品を、寄せられたコメントと共に紹介します。
くらもちあすかが探し求める、モノの新たな側面や日常が愉しくなる視点
受け手の想像力が膨らむような作品づくりを目指すイラストレーター、くらもちあすかさんによる『Ohana-Mi』は、押し花を使って人や動物の顔を作り出すシリーズです。
くらもちさんは、この作品の制作をはじめたきっかけについて、下記のように語っています。
父が植物が好きで育てていたこともあり、小さい頃から植物が身近にある環境で育ちました。そのせいもあってか子供の頃はよく、福笑いのように花びらで遊ぶのが好きだったので、その延長線上で今の『Ohana-Mi』の作品にも繋がっているのではないかと思います。
子供の頃の体験というものは、自覚している以上に身に染み付いているものです。ふだん見過ごしている風景も、幼少期の自分には何もかも新鮮に匂い立っていたはず。むかし好きだった遊びに思いを馳せると、何か意外なアイディアに繋がるかもしれません。
せわしない暮らしの中で野花とふれあう機会はごく少なく、部屋に飾られる切り花は萎れたら捨ててしまうことがほとんど。そんな日々に慣れることで忘れてしまいがちですが、葉や花びらの一枚ずつにも、それぞれディテールがあるのです。彼女がこの作品の中で行っているように、すべての形に意味や役割を与えながら過ごすことができたら、きっと今よりも豊かな毎日が訪れるはず。本来とは違った価値へのガイドラインのようなくらもちさんの作品は、消費活動の中で麻痺している感覚を呼びさまし、視界の精度をあげてくれます。
通勤時間を制作時間として/電車を書斎として使う作家、座二郎
建設の仕事をする傍ら、通勤電車の中で漫画を描く「通勤漫画家」として話題になった座二郎さん。彼の著書『RAPID COMMUTER UNDERGROUND』(小学館)では、現実の生活と幻想的なフィクションが交差する物語を堪能できます。彼の世界観の重要な要素のひとつは、漫画用紙やコラージュ素材としてたびたび見受けられるチラシ類。時間や空間だけでなく、身近なツールも有効に味方に付けているのです。そんな彼は、身近な手段を使って絵や漫画を描くことの面白みについてこう語ります。
今の時代、電車の通勤時間ってすごく私的な空間だと思うんですよ。誰も見てないし、スマホのなかで色んなことができる。だから、この電車の時間にみんな自分の書斎で作業するようにクリエイティブな何かをすればいいのになと思います。
私の場合は、「待ち時間があればどこでも作業できる」のを目標に、手作りした道具のうち何を持っていくかを厳選したりする時間が楽しいですね。
通勤電車で漫画を描くという行為は、ただの突飛な思い付きではなく、こういった考えあっての試みなのです。日常的に電車を利用する暮らしであればあるほど、乗車時間をおざなりに扱ってしまうもの。しかし、電車はただの移動手段ではなく、自分次第で有意義なスペースに変わるのだという意識を持ち、勉強やちょっとした作業などに励むのもいいかもしれません。
また、彼がInstagramに投稿している制作過程では、技巧的なメモやお茶目な裏話をあわせて楽しむことができます。たとえば当記事で紹介した画像の3枚目には、「珍しく飛行機にて。描いてるのは東京ですが。機内は気圧の関係でペンのインクが凄い出ます。(笑)」というコメントが。こんなふうにあらゆる状況を楽しむ姿勢さえあれば、お金をかけて生活をグレードアップせずとも、ささいな幸福を感じる瞬間はきっと増えていくはずです。
現代の若者をルーズリーフに描き留める作家、永井せれな
第16回『1_WALL』ファイナリスト選出、2018年『ザ・チョイス』準入選など多数の受賞歴を持つ永井せれなさんは、ルーズリーフなどの身近な材料をベースとした作品を多数発表しています。その理由について、彼女はこう語ります。
わたしはキャンバスや、綺麗で真っ白な紙を前にすると、緊張をして思い通りに絵を描けないことがあったので、緊張せず絵を描くために身近な道具を使いはじめました。気負わず、思い切り絵を描けるところが、わたしは好きです。最近はコピー用紙やペン、ルーズリーフなど誰でも手に取りやすいライトな道具で、本気の絵を描くギャップが面白いなと感じています。
何かをやろうと思ったときに、一般的か否かではなく、向き不向きで方法を選ぶ自由は誰にでもあります。リラックスできるやり方を見つけることで視界がひらけ、表現できる世界の幅が広がることもしばしば。そして世界は広がるにつれ、次の面白さへと連鎖的に繋がっていきます。それは彼女の言うように不意に生まれるギャップであったり、興味や欲求の拡大であったり、可能性は様々。何かに行き詰まってしまったときは、形式にこだわらず、「自分にとって違和感がない」ということに重きを置いてみはいかがでしょう。