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第五回:あたし、マジで取り柄ないんだけど

第五回:あたし、マジで取り柄ないんだけど

12歳の焦燥と孤独。女子校が舞台の青春小説、試し読み

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
テキスト:安壇美緒 装画:志村貴子 編集:谷口愛、野村由芽
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東京生まれの秀才・佳乃と、完璧な笑顔を持つ美少女・叶。北海道の女子校を舞台に、思春期のやりきれない焦燥と成長を描く、青春群像小説。繊細な人間描写で注目を集める新人作家・安壇美緒による書き下ろし長編。

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通常授業が始まると、疲れて休み時間に突っ伏している生徒がちらほらと見られた。
「生きてる?」
「死んでます」
「そろそろ講習始まるよ」
今のでもう一回死んだ、とみなみが机にへばりつく。宮田は教室の窓にもたれて、その丸い後頭部を見下ろしていた。
「私、そろそろ行くよ」
宮田がみなみに背を向けると、帰りにツキヤマ、と、こと切れそうな声が後ろから聞こえた。

習熟度別に分かれている数学の講習は人数が少なく、教室の中ががらんとしている。
白んだ空を見上げると、細かな雨が窓を濡らし始めていた。
「この問題の解説終わったら、類似問題の小テストやりますね」
べたっ、と大きな三角定規を黒板に貼り付けながら講師が言うと、非難の声が湧き起こった。
「やだ、今日はテストいらないよ先生」
「これと同じ要領で解くだけですからね。構えず」
宮田は机の下で手の指を動かしながら、ピアノのことを考えていた。
昼休みも放課後も、音楽室は吹奏楽部の根城にされてしまっていた。この間のピアノ教室へ行くことだって、今後ないだろう。
どうせもう、自分は音大へ進むわけでも、ピアニストになるわけでもないのだ。誰かに師事せずともピアノは弾ける。しかし、今まで鍛え上げてきた指が動かなくなるのは嫌だった。
少しの気の緩みですぐに指は衰える。失われてしまった技術は、二度と元には戻らない。
自由に触れるピアノがあれば、ひとまず不安は消えるのに。
「叶、これ出来た? ちょっと見せて」
廊下側へ目をやると、真帆が隣に身を寄せて、奥沢のノートを覗き込んでいた。講師が問題文を写している間、教室の空気は弛緩していた。
「いちおう。自信ないけど」
「とか言って完璧じゃん。字もきれい過ぎ」
席が決まっていない講習の時間、奥沢は真帆と悠と一緒にいた。それは一見、妙な組み合わせにも思えたが、派手そうな雰囲気のある真帆たちが、華やかな容貌の奥沢に近づいたのは自然の流れである気もした。
講師が振り返ると、途端に教室は静かになった。
「『この図形を直線ABのまわりに一回転させてできる立体の体積と表面積を求めよ』。出来た人?」
宮田は肘をついたまま、顔の真横で手を挙げた。
確認するまでもなく、奥沢叶も手を挙げていた。
「私も出来てます、出来ました!」
後追いで挙手した馨が、ちらっとこちらを振り返る。
特待生であることにプライドがあったらしい馨は、やけに宮田に対抗意識を燃やしていた。
どうやら入試の件を奥沢から聞いたらしい。
宮田はそれを面倒に感じてはいたが、根深いものだとは思わなかった。馨の嫉妬は子どもじみていて凡だった。本物の嫉妬とは、こんなものではない。
六啓舘で、コンクールで。
競争相手の同級生のみならず、その親からも憎悪を向けられることは沢山あった。
「じゃあ、元気のいい北野さん! 前出て解説してくれる?」
「えっ!?」
馨があからさまに動揺を見せると、教室に笑いが起きた。その賑やかな輪の中で、奥沢も笑っていた。
奥沢叶に違和感を感じているのは、自分だけのようだった。みなみや由梨や、ほかの生徒は奥沢のことをよく褒めた。それは奥沢が恵まれた容姿と抜きん出た学力を持ちながらも、決してそれを鼻にかけず、常に謙虚だからだった。
本当は、そうなのだろうか。自分がひねくれた見方をし過ぎているだけなのだろうか。
宮田は、奥沢が画にならない顔をしているところを見たことがなかった。みんながひっくり返って笑っているような場面でも、奥沢だけは一定の節度を保っていた。
まるで常に人目を気にして、気を張り続けているみたいに。
「では頑張ってくれた北野さんに拍手。じゃあ小テストを配るので、後ろの人に回してください」
プリントを受け取ろうとして、宮田はまた自分が爪を嚙んでいたことに気がついた。
小テストが終わる頃には雨も止み、外は明るくなっていた。

「あんまいいのないなー」
書き味がヌルヌルしてんのが好みなんだよな、とみなみが試し書きの紙にハートを描く。
ブックスツキヤマは、築山生が気軽に立ち寄ることの出来る数少ない場所だった。ブックスと冠してはいるが、置いている書籍は雑誌と売れ筋のコミックくらいで、ほかのスペースには文房具や中高生向けの雑貨が雑多に並べられている。
「宮田、教科書にマーカーって引く?」
 棚の下段のペンを試しているせいで、みなみのスカートはぺたりと床に垂れていた。
「あんまり」
「やっぱりか~」
「なんで?」
「いや、無駄にマーカー引く奴ほど内容理解してないとか言うじゃん?」
お、新色、とみなみが別のペンにも手を伸ばす。
レジ横の窓から風が吹き込むと、少年コミックの販促ポスターがはたはたと揺れた。他に客はいなかった。
「……奥沢さんって、どう思う?」
オレンジの蛍光ペンで直線を引きながら、宮田はなんとなくそう口にした。
「奥沢?」
「うん」
「奥沢可愛いじゃん」
ああいう顔に生まれてたらあたしネットで顔出ししてたな、とみなみが言う。
「他には?」
「頭良さそ~みたいな。なんで?」
「いや、別に」
これ先週なかったね、と宮田は新入荷された布製のしおりを指差した。暗い深緑の葉の中に、くすんだ色のバラが不揃いに並んでいる。
「奥沢、なんかムカつくことでもあった? あたし、冴島真帆は結構ムカつくことあるけど」
「そういうわけでもないんだけどさ」
じゃあライバルが気になるだけだ? と聞かれ、うーん、と宮田はお茶を濁した。
「あ、それ。可愛いじゃん。あたしこれ系のデザイン好き」
少し遅れて、みなみもバラのしおりを指した。
「リバティプリント?」
「って言うの? ダサくない花柄のやつ」
でも高いな、これ八百円する、とみなみがパッケージをひっくり返して呟く。 
「宮田、雑貨、何系好き? キャラとか柄とか」
「なんだろ」
「今度、なんか一緒の買おうよ。お揃いの」
リバティプリントは? 宮田的にはアリ? と、みなみがフックにかかっているしおりの柄を奥から順に確かめた。
「……なんか、花とかボタニカル系はあんまり」
「なんで?」
「わかんない」
暗くなってきた店内に、蛍光灯が白く灯った。五時だ、とみなみが立ち上がる。

深夜、寮の自習室を出る前に宮田がスマホを確認すると、メッセージが溜まっていた。
未読は19件。
最新の発言者は彩奈だった。
『今日は久々会えてうれしかったよ! また連休中とかみんなで集まろ』
六啓舘のメッセージグループはまだ稼働中で、そのやり取りは宮田のスマホにも流れてきていた。つい、グループを覗いてしまうと、今日撮ったらしい集合写真が連続で目に飛び込んできた。
その中心で、彩奈は屈託なく笑っていた。この間まで長かった髪がさっぱりと切られ、いつの間にか中学生らしくなっていた。
不思議と、自分もその輪の中にいたかったとは思わなかった。しかし、それが本心なのかはわからない。
本当は自分は悔しいのだろうか。あるいは寂しかったりするのだろうか。何について、誰に対して。
心は一度、別のもので覆われてしまえば、中身は誰にもわからなくなる。
宮田のペンケースの中には、かつて彩奈の誕生会でもらったハローキティの蛍光ペンがまだ入っていた。インクはもう、とっくに出ない。
彩奈が捨てたのはいつだろう。

PROFILE

安壇美緒
安壇美緒

1986年、北海道生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2017年に『天龍院亜希子の日記』で第30回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。

INFORMATION

書籍情報
書籍情報
『金木犀とメテオラ』
著者:安壇美緒

2020年2月26日(水)発売
価格:1,870円(税込)
『金木犀とメテオラ』

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
12歳の焦燥と孤独。北海道の女子校を
舞台にした小説。1章分を試し読み掲載

第一回:北海道? まさか私の話じゃないでしょ?
第二回:なんだか噓くさいあの子
第三回:「絶対に首位はとらせない」
第四回:心の底からあふれて来る、強くていびつな攻撃性
第五回:あたし、マジで取り柄ないんだけど

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