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第五回:あたし、マジで取り柄ないんだけど

第五回:あたし、マジで取り柄ないんだけど

12歳の焦燥と孤独。女子校が舞台の青春小説、試し読み

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
テキスト:安壇美緒 装画:志村貴子 編集:谷口愛、野村由芽
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朝、宮田が寮を出ると、杉本が玄関前のマリーゴールドに水をやっていた。
「あ、宮田さん。良いニュース良いニュース」
「杉本さん、髪……」
「髪、なに?」
「てっぺん、ピョンって出てます」
杉本の髪がひと束盛り上がっているのを見つけて、宮田は頭上を指差した。杉本は結構、抜けている。
「やだ、あとで直そう」
「ニュースってなんですか?」
宮田が聞き直すと、杉本の持っていたじょうろの水が丁度途切れた。
「ピアノの件なんだけど。さっき事務の小林さんと話してたら、ほほえみホールに寄贈のピアノが入るんだって聞いて。今日の午後だって」
入学式が行われた旧宣教師館は、校内での正式名称をほほえみホールといった。思いがけない情報に、宮田は鞄の持ち手を強く握った。
「お昼休みに行くには遠いかもしれないけど、放課後ならどうかなって」
「あそこって、勝手に入ってもいいんですか?」
宮田が真面目に尋ねると、杉本はそこまで考えていなかったという顔をした。
「そっか、それはそうだ。許可取らないといけないのかも。でも使っていいなら、音楽室と違って滅多に人も来ないだろうし、いいんじゃない?」
担任の先生にでも聞いてみて、と象のじょうろを持ったまま、杉本が宮田に手を振った。校舎がある方角から、八時の鐘が聞こえて来る。
よく気にかけてくれる人だな、と宮田は思った。

青いホースの垂れ下がった蛇口が、午後の陽を浴びて光っていた。まだ数回しか使われていない理科室は、それでも薬品の匂いが染み付いていた。
「マツのシャーレ、持ってってない班ありませんか。一個残ってますけど」
理科教師の時枝邦和がそう呼びかけると、どこかの班が小走りに黒板前の教師用テーブルへと駆け寄った。
「くしゃみをかけてしまうと、後から数十倍で見ることになるので気をつけてくださいね」
淡々と時枝が言うと、生徒たちから笑いが漏れた。時枝の白衣は年季が入っていて、ポケットの部分が変色している。本人はまだひょろりと若く、二十代後半だった。
窓の位置が教室と真逆の理科室で、宮田とみなみは廊下側の席に座っていた。
「今日はスイートピーとマツを使って、裸子植物と被子植物の違いを見ていきます。まず実験ノートにそれぞれのスケッチをしてください。丁寧に描いてくださいね」
制限時間を提示すると、時枝は理科室内をうろつき始めた。自由時間のような空気に、生徒の私語も増えていく。
窓辺に並ぶ水栽培のヒヤシンスの球根を、ちょい、と時枝が突いているのが、たまたま目に入った。
「トッキー、天然だな」
同じく見ていたみなみが言う。
「そう?」
「変だよな、トッキーは」
「教師だからキャラ作ってんじゃないの」
宮田がマツの葉を描いていると、横からみなみがそれを覗いた。
「宮田、絵はヘタいんだな。安心した」
「上手いも下手もないでしょ、マツの絵に」
毛玉のかたまりのような自分のノートのマツを見て、宮田は一度手を止めた。みなみのノートを確認すると、みなみも絵心がなかった。
「みなみも普通にヘタじゃん」
「そらそうよ」
ふあ、と宮田があくびをすると、まーた夜中までガリ勉か、とみなみがそれをからかった。
「宮田くんは大変勤勉で実に結構! ハッハ」
「誰それ……」
「教頭」
理科室に移動中、堂本に出くわした宮田は、わざわざ廊下で呼び止められて、ひとり激励を受けていた。
「ぜひこのまま築山をリードして行って欲しいですなあ、ハッハ」
「そんな口調だっけ?」
「キモさこんなもんだよ」
宮田たちが私語を続けているうちに、他のテーブルも騒がしくなってきた。理科室を二、三周した時枝が、教壇の上に戻る。
「あなたたちの半分くらいは東京出身なんでしたっけ。東京、というか首都圏」
白衣のポケットに手を突っ込みながら、ふと時枝が生徒たちに尋ねた。
「どうですか、北海道は? この数日間、暮らしてみて」
めっちゃ寒い、と間髪を容れずに誰かが叫ぶと、どっと大きな笑いが起きた。
「寒さはねえ、しょうがないですね。寒い以外に何かいい発見はありましたか」
「行くところがマジでない」
茶化した東京出身の生徒に、うっさいわ、と馨が声を張り上げた。あー、と時枝が否定も肯定もせずに頷く。
「大人が車出せばいろいろあるんですけどね。中高生には確かに」
「想像より、景色良くないんでがっかりです」
他の生徒が呟くと、その意見も拾われた。
「どんな想像してたんですか?」
「ポスターとかテレビみたいな……」
「それはたぶんポスターとかテレビが良かったんでしょうね」
まあでもせっかくこんな土地に来たわけだから、何らかの自然に興味を持ってもらいたい気持ちが僕にはありますね、と時枝が言う。
「私、花とか山とか興味ないです」
別の生徒が茶々を入れると、また笑いが起きた。
うーん、と思案するような素振りを見せた後で、時枝がポン、と手のひらを打つ。
「花とか山には興味なくても、あるいは星ならどうでしょう? 丁度、流星群が見られますよ。こと座流星群」
あまり聞き慣れない話題に、宮田もスケッチの手を止めた。
「天体望遠鏡、学校にあるんですか?」
「肉眼でも十分よく見えますよ。特にこの辺、山ですし。寮生は特に好環境だと思います」
「山から離れてる自宅生は無理ですか?」
「見えるとは思います、南斗自体が田舎なので」
「スマホの動画で撮れますか?」
「ぜひ挑戦してみてください」
さて、そろそろスケッチいいですか? と時枝が話を切り上げようとすると、ブーイングが起きた。
流星群だって、とみなみが宮田に耳打ちする。
「寮から星、見やすいってよ」
「別に、星見ても」
「ロマンね~な宮田……」
雑談が引き延ばされている間、窓際のテーブルで馨が何か騒いでいた。宮田がそれをちらりと見ると、みなみも一緒に向こうを向いた。
「叶、めっちゃ絵~上手くない!?」
ひとりで盛り上がっている馨の隣で、奥沢叶は苦笑していた。
「奥沢、絵も上手いってよ」
ツキヤマでの会話を思い出してか、報告口調でみなみが言った。
「……別にマツの絵、上手くてもね」
「宮田のガリ勉もそうだけどさ、みんな取り柄があってすごいな。馨も毎度アホっぽいけど、いうてあいつ、特待生じゃん」
あたし、マジで取り柄ないんだけど、とみなみが肘をついて理科室の中を眺める。
「あるんじゃん?」
「たとえば?」
「元気とか」
「元気かあ」
「元気大事じゃん」
「そんなに大事かなあ」
ほかになんかないかなあ、と呟きながら、みなみがシャーレの中の葉を傾けた。

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PROFILE

安壇美緒
安壇美緒

1986年、北海道生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2017年に『天龍院亜希子の日記』で第30回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。

INFORMATION

書籍情報
書籍情報
『金木犀とメテオラ』
著者:安壇美緒

2020年2月26日(水)発売
価格:1,870円(税込)
『金木犀とメテオラ』

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
12歳の焦燥と孤独。北海道の女子校を
舞台にした小説。1章分を試し読み掲載

第一回:北海道? まさか私の話じゃないでしょ?
第二回:なんだか噓くさいあの子
第三回:「絶対に首位はとらせない」
第四回:心の底からあふれて来る、強くていびつな攻撃性
第五回:あたし、マジで取り柄ないんだけど

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