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林央子とエレン・フライスのParallel Diaries(2020年5月)

禁断の道の散歩、アクティビズムと生活、死刑についての作文

連載:林央子とエレン・フライスのParallel Diaries
テキスト・撮影:林央子、エレン・フライス 翻訳:林央子 編集:竹中万季
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2020年5月9日(土)

エレン 5月9日 15:00

小さな鳥はまだ生きている。かろうじて動いている。私はその鳥のもとへいき、水を与えようとした。虫を殺して餌を与えようとしたけれど、鳥はすべて拒否した。弱り切っているのだろう。そこで考えた。なぜ、人間はいつも自然の邪魔をしたがるのだろう? 今回私のしたことは、哀れみからだと思う。この小さな鳥の苦しみを、可哀想に思う。けれども、今となっては何もできないだろう。鳥は死ぬのだ。彼のためにこしらえた羊毛の巣のなかで、静かに死なせてあげようと思った。彼を救えなかったこと、昨夜の鳥の必死な泣き声を理解できなかったこと、その自分を許そうと思った。

エレン 5月9日 21:00

私は小鳥が床の上で死んでいるのを見つけた。彼はおそらく最後に、もう一度飛ぼうとして落ちたのだろう。彼は今、私の小さな庭に埋葬された。私は土の上に石を置いただけでなく、数本の赤いバラを置いた(電話で話していた娘の質問をうけて:「花を置いたの?」)。私はまだ、悲しい。

ナカコ 5月9日 21:30

夜の9時。アパートの庭で、2組の家族がバーベキューをしている。1階に住む家族は昨夜も、ガーデンパーティーをしていた。彼らは冬の間、放置されていたガーデンデスクを使っている。ロックダウンから、6週間。明日の夜、イギリス政府がロックダウン緩和に関する政策を発表する予定だ。

ロックダウンが始まったころ、もしも禁を破って集会をしたら(イギリスのロックダウン政策は、2家族以上が集うことを禁じていた)警察が来ると思われていた。6週間もたつと、人々はあまり規制に従わなくなってきたのかもしれない。けれども、イギリスの死者数は上がる一方だ。このところ数日間、ニュースを聞きそびれていたのだが、今朝ラジオをつけたら、イギリスの死者数はスペインやイタリアを抜いていたことを知った。

今日の気温は26度。先週までは、冬のコートを着ていた。でも今はもう、上着がいらない。息子と私の生活では、日用品の買い物にしか家を出ない。それでも、この夏のような陽気で外出したあとは、気分が悪くなったので、あまり外に出たいとは思わない。次第に、家にいる生活が当たり前になってきたのだ。

家でしていることの一つは、ラジオを聴くこと。BBCラジオで毎日放送されている「今日の農業」という番組があることに気がついた。この番組で聞いた面白い話のひとつは、まだ搾乳を人の手で行っていた過去のエピソードで、搾乳されるときに、誰が乳搾りに来るかや、その人物の服装や雰囲気に牛が納得いかないと、乳を出さなかったという話。また別のエピソードは、ある酪農家への取材。ロックダウン以降物流に変化が生じている。その一例としてこの酪農家が近隣の人に牛乳を売り始めたところ、とても反響が良いため、あらたに2人を雇って需要に応えている。また、アイスクリームの販売も始め、これも大好評だという。今聴き始めたのは、「モバイル・ミルキング」について。大学で農業を学んだ若者2人が、まったく設備をもたない状態で始めた新しいプロジェクトについて話している。2人のうちの1人は、時々牛にクラシック音楽を聴かせているという。

PROFILE

林央子
林央子

編集者。1966年生まれ。同時代を生きるアーティストとの対話から紡ぎ出す個人雑誌『here and there』を企画・編集・執筆する。2002年に同誌を創刊し、現在までに今号を含み14冊制作。資生堂『花椿』編集部に所属(1988~2001)の後フリーランスに。自身の琴線にふれたアーティストの活動を、新聞、雑誌、webマガジンなど各種媒体への執筆により継続的にレポートする。2014年の「拡張するファッション」展に続き、東京都写真美術館で行われた「写真とファッション 1990年代からの関係性を探る」展(~7/19)の監修を勤めた。同展にはエレン・フライスも招聘。現在『She is』『mahora』ほかにて連載執筆中。
here and there news

エレン・フライス

1968年、フランス生まれ。1992年から2000年代初頭にかけて、インディペンデントな編集方針によるファッション・カルチャー誌『Purple』を刊行。その後も個人的な視点にもとづくジャーナリズム誌『HÉLÈNE』『The Purple Journal』を手掛ける。また、1994年の「L’Hiver de L’Amour」をはじめ世界各国の美術館やギャラリーで展覧会を企画。現在はフランス南西部の町サン・タントナン・ノーブル・ヴァルで娘と暮らしながら、写真家としても活躍している。編著に『Les Chroniques Purple』(VACANT、2014年)、著書に『エレンの日記』(林央子訳 アダチプレス 2020年)。東京都写真美術館の「写真とファッション」展では新作スライドショー《Ici-Bas》を発表。

INFORMATION

連載:林央子とエレン・フライスのParallel Diaries
連載:林央子とエレン・フライスのParallel Diaries
『Purple』『here and there』の編集者が
離れた場所で綴り合う並行日記

vol.1 林央子とエレン・フライスのParallel Diaries(5月)

書籍情報
『mahora第3号』

2020年6月20日(土)発売
価格:3,800円(消費税/送料別)

太古から続く歴史や文化、秘跡や里山に残された光景、日々の暮らしやアートなど、さまざまな風景からホリスティックな世界を紹介する本、『mahora』の第3号。

今回の連載が始まる前の4月に林央子さんとエレン・フライスさんが行っていたやり取りが「[連載] 続・暮らしの風景 二人の風景 自由と不自由と日常について」で掲載されています。
mahora 第3号

林央子とエレン・フライスのParallel Diaries(2020年5月)

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