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林央子とエレン・フライスのParallel Diaries(2020年5月)

禁断の道の散歩、アクティビズムと生活、死刑についての作文

連載:林央子とエレン・フライスのParallel Diaries
テキスト・撮影:林央子、エレン・フライス 翻訳:林央子 編集:竹中万季
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2020年5月8日(金)

ナカコ 5月8日 14:00

『1966』というタイトルの本を開いた。ロンドンに来てから、自宅近くの本屋で買った、653ページの分厚い本。タイトルの年は、私が生まれた年だ。「1966年、ポップ・ワールドは加速して、音の壁を破壊した」「アメリカでも、ロンドンでも、アムステルダムでも、パリでも、50年代後半からじっくり煮詰まっていたポップ、ポップ・アート、ファッション、ラディカルな政治についての革命的なアイデアが、沸点に達した。1966年以降は何も、それより前と同じではなかった」。

著者のジョン・サヴェージは、ポップ・ミュージックやパンク・カルチャーに関する著作で知られている。本書の導入部分は、1966年に創刊された『アスペン』という実験的な雑誌の紹介から始まっている。アンディ・ウォーホルをはじめとする多くのアーティストが参加し、完全な没入型の体験を提供したこの雑誌は、単なる消費財ではなかった、という。著者によればこの年は、音楽が人生と切り離せないものに、ひとつの物の見方になった時期である、という。

ロンドンに住むことになって、写真やファッション、雑誌についての研究を思い立ち、ストリートファッションの歴史について学ぶことになった。そのロンドンに来て、最初に買った本がこの一冊だったということは、なかなか面白いと思う。昨日、英語の先生から「No man is an island」というフレーズを教わった。孤立している人はいない、つまり、どの人も誰かと繋がっている、という、英語の決まり文句だ。言い換えれば「No culture is an island」とも言えるかもしれない。あらゆる文化は、別の何かと繋がっている。

エレン 5月8日 14:30

今日はフランスの祝日。第二次世界大戦の終戦を祝う日だ。封鎖が始まってからは、毎日が休日のように感じているので、違いに気づきにくい。でも、それは私の村のことで、都市では違う感じなのかもしれない。鳥の声や子どもの声が、通りから聴こえてくる。道の向こうにはルーマニア人の隣人がいて、小さな建物の3階建のアパートに、3家族がそれぞれ住んでいる。

ルーマニア人は数年前から私の村に来るようになり、建設業の仕事についていた。仕事が見つかるので、次第に家族連れが増えてきた。女性たちはレストランで働いたり、掃除の仕事で働いている。私の娘のクラスには、2人のルーマニア人の子どもがいる。女の子のサラと、男の子のエイドリアン。2人とも、そのアパートに住んでいる。私と彼女たちは出身が違う。地理的にも社会的にも違うのに、その2人の母親たちと仲良くしている。とくにそのうちの1人は大好きだ。彼女は愉快で、個人的な話を私にしてくれる。時には泣いてしまうこともある。子どもたちは、来たばかりのころはフランス語を一言も知らなかったので、すぐに覚えなければならなかった。今や、彼らは流暢に話す。週末になると、いつもパーティーが開かれる。男たちは酔っぱらい、私が聴くような音楽とはまったく違う音楽が、大音量で流れる。女たちは、笑っている。音楽はエキゾチックで、私は東欧を旅している気分になる。問題になるほどのことは、ほとんどない。私が寝るころには止んでいるのだ。けれども何回かは、苦情を言ったことがある。

ロックダウンの最中に、2人の男の子の母親が、子どもたちがテレビで聴くウイルスのことを怖がって外出を拒否していると言った。3月17日から、小さなアパートを出ずにコンピュータの前で過ごしているのだという。その話を聞いて悲しくなった。例外的なほどに美しい春であるというのに。

エレン 5月8日 22:45

今夜はとても悲しい。今日、家の中で2匹の猫と鳥(ツバメによく似た鳥)の冒険が繰り広げられた。最終的に、鳥にとって悲劇的な結果になるのではと恐れている。

私は台所にいて、頭上にたくさんの物音を聞いた。2階にある娘の寝室から。台所は1階にある。ともかく、猫のカシスがよく遊んでいるんだろう、と考えた。カシスは時々、はめを外すから。鳥の叫び声も聞こえた。様子を見に、二度外に出たけれど、すでに夜で何も見えなかった。気がついたのは、私が書斎にいこうと上がっていったときだった。私の2匹の猫が、カシスだけでなくミツも、娘の部屋にいた(娘は今週、父親のところへ行っている)。調子の悪そうな鳥の周りにいたのだ。鳥は、娘がぬいぐるみをつめこんでいる小さなやなぎ細工のトランクにひっかかっていた。私は自分の手を守るために布の切れ端を持って、この鳥をつかんだ。2週間前にも、このような状況が起こった。そのときは鳥が私の手に爪を深くくいこませたので、手を緩めて持つのに苦労した。私は出血した。だから今回は、身の回りにある手袋かなにかを使って捕まえる必要がある、と分かっていた。私は鳥を、猫が入ってこれない屋根裏部屋に連れていった。震えていて、くちばしが開いていた。羽が片方、折れているかもしれなかった。水をあげようとしたけれど、成功しなかった。ショック状態だったのだ。私は原毛を使って、バスケットの中に巣のようなものをつくり、そこに鳥を寝かせてきた。けれども私は、罪悪感を抱いた。二つの物音、気が狂ったように遊ぶ猫の物音と鳥の声、その二つから、何が起こっていたかは明らかだった。にもかかわらず、そのことを理解していなかったから。それらは関係があったし、その音はしばらくの間続いていた。家のなかに、野鳥が入ってくるのは初めてだ。

今日早くに、私は小さな庭でツバメを助けた。私はすぐに反応し、鳥は落ち、猫がジャンプし、鳥は飛んで戻ろうとしたけれど、それは無理で、ツゲの木の下に隠れた。私は台所のビニール手袋で鳥をつかみ、屋根裏に連れて行った。この部屋は外に開いている。私が鳥を抱えるのをやめると、鳥は私の手の上に立った。鳥は震えていて、いくつかの方向をみて、そして突然飛んで行った。私は鳥が飛ぶのを見ていた。とても遠くへ、飛んで、飛んで。

PROFILE

林央子
林央子

編集者。1966年生まれ。同時代を生きるアーティストとの対話から紡ぎ出す個人雑誌『here and there』を企画・編集・執筆する。2002年に同誌を創刊し、現在までに今号を含み14冊制作。資生堂『花椿』編集部に所属(1988~2001)の後フリーランスに。自身の琴線にふれたアーティストの活動を、新聞、雑誌、webマガジンなど各種媒体への執筆により継続的にレポートする。2014年の「拡張するファッション」展に続き、東京都写真美術館で行われた「写真とファッション 1990年代からの関係性を探る」展(~7/19)の監修を勤めた。同展にはエレン・フライスも招聘。現在『She is』『mahora』ほかにて連載執筆中。
here and there news

エレン・フライス

1968年、フランス生まれ。1992年から2000年代初頭にかけて、インディペンデントな編集方針によるファッション・カルチャー誌『Purple』を刊行。その後も個人的な視点にもとづくジャーナリズム誌『HÉLÈNE』『The Purple Journal』を手掛ける。また、1994年の「L’Hiver de L’Amour」をはじめ世界各国の美術館やギャラリーで展覧会を企画。現在はフランス南西部の町サン・タントナン・ノーブル・ヴァルで娘と暮らしながら、写真家としても活躍している。編著に『Les Chroniques Purple』(VACANT、2014年)、著書に『エレンの日記』(林央子訳 アダチプレス 2020年)。東京都写真美術館の「写真とファッション」展では新作スライドショー《Ici-Bas》を発表。

INFORMATION

連載:林央子とエレン・フライスのParallel Diaries
連載:林央子とエレン・フライスのParallel Diaries
『Purple』『here and there』の編集者が
離れた場所で綴り合う並行日記

vol.1 林央子とエレン・フライスのParallel Diaries(5月)

書籍情報
『mahora第3号』

2020年6月20日(土)発売
価格:3,800円(消費税/送料別)

太古から続く歴史や文化、秘跡や里山に残された光景、日々の暮らしやアートなど、さまざまな風景からホリスティックな世界を紹介する本、『mahora』の第3号。

今回の連載が始まる前の4月に林央子さんとエレン・フライスさんが行っていたやり取りが「[連載] 続・暮らしの風景 二人の風景 自由と不自由と日常について」で掲載されています。
mahora 第3号

林央子とエレン・フライスのParallel Diaries(2020年5月)

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