最果タヒの詩「母国語」
話し声のために、ぼくは黙る、きみが話す、
きみの家族が話す、きみの友達が話す、
きみの敵が話す、きみの恋人が話す、
ぼくは黙る、
血の中にあるのは血が海だった頃の記憶、
海が川だった頃の記憶、
流れていた小川に、詩を書く人が立っていて、
秋の小川について詩を書いた、
ぼくのなかにある花束を、
ぼくは差し出したいだけだった、
身体に触れてほしいわけでもなかった、
声を聞いてほしいわけでもなかった、
声を届けてほしいわけでもなかった、
ぼくはぼくの体の中に
ずっと入れている花束を差し出したかった、
それを守るためにどれだけ、
気をつけて生きているのかあなたは知らない、
苛立たないで、と言われる、
何に怒っているの?と問われて、
ぼくは、全人類が怒り狂っていると感じた、
きみはぼくを嫌いなんだろう、
そうわかっても、傷つかない部分があって、
そこには花が密集している。
愛という言葉の意味を知らないが、
使い続け使われ続けていつの間にか、
手を伸ばせばそこにある言葉になった。
あなたはそれを詭弁と言うが、
ぼくは神様がこの世界を作るとき、
同じ感覚だったに違いないと、
思っているんだよ。
海と言っていたらいつのまにか、
海に触れていた、
花と言っていたらいつのまにか、
花に触れていた、
ぼくはぼくの命を宝物だと言いながら、
生き続けている。
話し声のために、ぼくは黙る、きみが話す、
きみの家族が話す、きみの友達が話す、
きみの敵が話す、きみの恋人が話す、
ぼくは黙る、
きみの花束を見せてもらいたくて。
【作品一覧を見る】池田澄子・佐藤文香、石田真澄、片岡メリヤス、最果タヒ、たなかみさき、はらだ有彩、和田彩花による「わたしと日本、再発見。」
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