はらだ有彩「動きつづける私たち」
食べる
私は本を大切にしない。こんなことを言うと怒られそうだけど、マーカーを引き、ドッグイヤーを折り、思ったことを書きつけてしまう。この知識は私が手に入れたのだ! もう私のものだ! 誰にも触らせない! 私が食べるのだ!
新しいものを口に入れるのが好きだ。肉汁を啜る。パンに歯を立てる。砂糖を入れてかき回す。香りのついた空気を深く吸い込む。見たことのないものを見るためには、新しい熱量が必要なのだ。
踊る
体育の授業は、特に退屈だった。私が通っていた由緒正しき学校には、由緒正しき伝統のダンスがあって、「あなた方のお祖母様たちも、ひいお祖母様たちも踊っていた踊りですよ」と言われるたびに「いや、知らんし」などと思っていた。体育だけではなくて、学校生活まるごと退屈していたのかもしれない。だってあの頃は知らなかった。好きな格好をして、好きな場所に行ける喜びに打ち震えるとき、足が勝手にステップを踏んでしまうなんて。
奏でる
ナンシー・シナトラの“These Boots Are Made for Walkin'”をかけたら、「すごく年上の男と付き合ってそうでいいね」だって。「にくい貴方」なんてロマンチックに聞こえる邦題の方じゃなくて、「あんたをこのブーツで踏み越える」って歌詞の方に注目してほしいんだけど、と言ったけど、あんまり分かってないみたいだった。好きな曲をかけて、好きな楽器を搔き鳴らして、私はもう踏み越えている。
色を塗る
銀色がいちばん好きだったのは、色のようで色ではないからだ。子供の頃、将来はお金持ちになって、お店の端から端まで口紅ぜんぶ下さい! って言うんだ、と妙にリアルな夢を語っては大人たちを何とも言えない笑顔にさせていた。成長して、私の欲しい口紅はどこにも売っていないのだと知り、ひどく落胆したものだ。私の唇を強調しているように見せかけて、きらきらと煙に巻くような色を渇望していたのに。それからさらに成長して、欲しいものは案外手に入れられるのだと知り、私は楽しい大人になった。
贈る
いつからか「ヘッドホンをしているときは話しかけない」というルールができた。そうしているときには仕事に集中しているから、というのが理由なんだけど、実は私が頼んだわけじゃない。いつの間にか、気づかないくらい控えめに、あの人は実行してくれていたのだ。愛だ。これを愛と呼ばずして何と呼ぼう。私は愛を知っている! 知っていることを噛みしめるたび、新しく見つけるたび、その形を書き留めたくて包装紙を探しに出かける。
躍動する
かわいいスコートが履きたいって言う理由で部活を選んだっていいじゃん、と思った。そうすれば足というものを外に出す勇気が出るかもしれない、とも思った。そしてすぐに、かわいいスコートが履きたいって言う理由で部活を選んでも別にいいけど、かわいいスコートを履き続けるためには中々ハードな練習を続けなければならないということに気づいた。身体が跳ねるのが面白くて、しんどくて、眩しくて、楽しい。夏のショートパンツを買った。
手紙を書く
送信ボタンのないメッセージアプリを開発したら、売れるのではないかと目論んでいる。誰にも送れないけれど、書いた手紙は下書きフォルダに保存して、いつでも読み返せるシステムにしよう。これは流行っちゃうんじゃない!? と、友達に話したら笑われてしまった。結構いいアイデアだと思ったんだけど。だって、書いていなくても書いている。届かなくても書いている。返事が来なくても書いている。結局のところ、あなたのことを思い出したいだけだから。
作品に寄せて(はらだ有彩)
時々、200年後くらいに自分の写っている写真なんかが発掘されて、歴史的資料になるところを想像してみます。
「時代を超える」というと何だか遠いことのようだけど、「時代を超えてやるぞ!」と思いながら日々を生きているわけではない私と同じように、いつかの女の子たちも普通の毎日を生きていて、その時間が今に繋がっていると思うと無性に心強いのです。
【作品一覧を見る】池田澄子・佐藤文香、石田真澄、片岡メリヤス、最果タヒ、たなかみさき、はらだ有彩、和田彩花による「わたしと日本、再発見。」
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