電子書籍文芸誌『yom yom』で毎号エッセイ「届かない手紙を書きたい」を執筆する、女優でモデルの南沙良。『yom yom』2020年10月号で掲載予定の、イラストレーターで漫画家のごめんとコラボレーションした「頭の中の女の子」がテーマのショートショート全4話をShe isで順次先行公開。
金曜日の夜。本来なら1ヶ月前から楽しみにしていた金曜ロードショーをポップコーン片手に楽しんでいるはずなのに、私は今何故か大学の帰り道にある喫茶店の隅でコーヒーを飲んでいる。
窓ガラスは大粒の雨と風が強く叩きつけてガタガタ震えていて、すぐ止むだろうと思って喫茶店に逃げ込んだことを後悔する。
窓ガラス越しに見える電話ボックスの中には女の子がいる。雨宿りでもしているんだろうか。
コーヒーを飲もうと手を伸ばすと、そこに映り込んだあまりに情けない顔をした自分に、思わず笑ってしまった。
ショートボブの見慣れた髪型の中にある、揺れる水面と併せて伸縮する居心地の悪そうな顔。
「ひどい顔……」
嬉しい時に少し悲しい気持ちになる。それはきっと、終わりが霞んで見えてしまうからだ。始まった瞬間から、常に終わりを考えてしまう。私のこの癖はいつからなんだろう。遊園地に向かう時も、桜を眺めている時も。そして、あの人に頭を撫でられる時も。
もっと無鉄砲に、自分のことも未来のことも忘れて、ただ誰かを好きになれたら良かった。どうすることも出来ないと分かっているのに、思い出と荷物だけが増えてしまい、いまではそれが鎖となって私に巻きついている。
あの人も同じだろうか。
鼻のてっぺんと目頭がツンと引っ張られる。
いつもすぐ泣いてしまう私に、「困ったな」そう言ってあの人は私の髪をそっとはらう。
長く伸ばされた前髪の隙間から覗く優しい瞳と細い指に、私はいつだって救いを求めた。
片方の頬だけ引き上げて笑い、好きだと拗ねる。あの人の一番かわいいところも全部私だけが知っていたはずなのに、あの頃の私は気付かないふりをして何かを探し続けた。ただ、今思えば、寝転んだソファの上に、パジャマのまま出かけた真夜中の散歩に、彼の重たくて分厚い前髪に、私の求めていた答えがあったのかもしれない。
イヤホンからは騒がしい雨音と心臓の音だけが鮮明に聞こえてきて心地が良いけれど、生憎今の気分ではない。携帯のロックを解除して、お気に入りのプレイリストを再生し目を瞑る。
目を閉じていたら時間なんてほんの一瞬だ。
私たちが曖昧な形のない引力によってつながっていたことだけは確かで、世界中の誰も、私たちがふたりで過ごしたことに理由をつけることなんて出来ない。
そして結局私の手元には、伝えることの出来なかったたくさんの想いと、最後まで果たすことの出来なかった約束だけが残ってしまった。
時々こうしてあの人のことを考えてしまうのは、忘れることと、再び思い出すことの繰り返しのやり取りが、2人で過ごした時間を保っているからだと思う。
「忘れてなんかやるもんか」
もう答え合わせも出来なくなってしまったけれど。私は今日も、明けない夜の悲しみに、切なさに浸っていたいと願うのだ。
※「yom yom」2020年10月号(9月18日[金]配信開始/希望小売価格 700 円[税別])は、各電子書店でお求めいただけます。