ホテルは不思議な箱だと思います。街にありながら、街の人と外から来た人が混じり合い、一晩を過ごす、日常と非日常を行き来する空間です。今までのホテルは、「全てのゲストに長く愛されること」「どこに泊まっても同じクオリティであること」にそのアイデンティティを求め、日本のホテルシーンを形作ってきましたが、現代ではアパレルや飲食、出版など多様な業界の手法や価値観を取り入れながら、新しい切り口から宿泊のあり方を提案するホテルがぽつぽつと出てきました。
私は小学生の頃にアメリカ横断旅行に行ったときに、どこも同じような外観と内装のホテルばかりなことを不思議に思ったことをきっかけに、物心ついたときから「自分が本当に泊まりたくなるホテルを作りたい」と考えてきました。その後、「旅が少し楽しくなる出会いのあるホテル」というコンセプトでいくつかのホテルを立ち上げています。今年9月に大阪の弁天町にオープンした「HOTEL SHE, OSAKA」も、旅先で+αの出会いと情報と価値観を得られるホテルになるよう、アナログレコードを全部屋に設置したりと新しいホテルのあり方を提案しています。
この連載では、毎日ホテルという空間の新しい可能性について考えている私が今HOTだと思っているホテルを取り上げながら、日本の新しいリアルなホテルシーンを紹介していきます。
今気になるのは、ローカルの空気感を織り込んだ「一点物」で「ジャケ買い」されるホテル
数年前まで、贅沢すぎない価格帯のホテルで存在感を放っていたのはシティホテル・ビジネルホテルチェーンでした。日本中どの街にもあり、どこでも同じ高品質なサービスを受けることができるのがこれらのホテルの最大の売り。
しかし、現代のホテルシーンでは、街ごとに異なる空気感を織り込み、街に馴染み、街を「住」という切り口から感じることができる「一点物」で「ジャケ買い」されるホテルが新しく生まれつつあります。
街に馴染み、拠点となり、街の魅力を拡張する。隅田川のほとりに立つシェアホテル「LYURO」
2017年4月に新しくオープンした、清澄白河から徒歩10分のところに立つシェアホテル「LYURO」。隅田川が眼前に流れる絶好のロケーションで、ブルーを基調とした透明感のある内装が印象的な、水辺ならではの生活を提案するリノベーションホテルです。ドミトリールームとプライベートルームがあり様々なホテルライフを楽しむことができ、リバービューの部屋ではガラス張りのバスルームから眼下を流れる隅田川を眺められる絶景が広がっています。
「川床」のように隅田川にせりだした「かわてらす」は、ホテルの宿泊者以外のゲストでも水辺の空気感を楽しむことができるようにと地元のお客さんにも開放されており、清澄白河という隅田川とともに生きる街の中で、街に馴染み、拠点となり、街の魅力を拡張する機能を持ったホテルです。
歴史ある浅草の劇場と一体化して街の魅力を発信するコミュニティホテル「WIRED HOTEL」
都内を中心にチェーン展開しているカフェ「WIRED CAFE」を手掛けるカフェ・カンパニーが運営するホテル「WIRED HOTEL」が、花やしきにほど近い浅草九劇の入る浅草九倶楽部にできました。世界中からゲストが集まるポートランドのデザインホテル「ACE HOTEL」のブランディングを手がけたOMFGCOがクリエイティブチームとして入っており、江戸の職人技が随所に散りばめられるなど浅草の歴史と文化を織り込みながら、デザイン性が非常に高いホテルとなっています。
中でもWIRED HOTELらしいのは、地元の人々がアンバサダーとなって浅草や日本の魅力を発信する「1MILE × 100MILE」という企画。ホテルのラウンジ内には一般のガイドブックには載っていないようなディープなスポットが紹介されたカードがたくさん飾られており、ゲストは気になるカードをファイリングしてオリジナルのガイドブックを作り、街に繰り出すことができる仕掛けが施されています。街の魅力を発信するメディアとなるだけでなく、街への導線を設計する役割も果たすという、面白いアイデンティティを持ったホテルです。
テンプレの使い回しでない、「その街に似合うホテル」がHOTです
今回紹介している二つのホテルの共通点は、そのホテルが街にとても似合っていること。例えばLYUROが(このままの状態で)銀座にあったら浮いてしまうし、WIRED HOTELが代官山にあったら街とアンバランスになってしまう。この二つのホテルは徹底的に街のカルチャーと、歴史と、空気感を咀嚼して、デザインなどのハードウェアやサービスなどのソフトウェアに落とし込み、その上でローカルがホテルへ、ホテルがローカルへと人の流れを生み出す設計をしています。
そういう意味で、どこの街でも変わらないテンプレ的なデザインとサービスを使い回し、宿泊ゲストだけを相手にしている従来のビジネスホテルやシティホテルとは革新的に異なるDNAを持っているホテルだと思います。
旅行で東京に来た時はもちろん、東京に住んでいる人も、暮らしたことのない街の空気感を感じに、そして日本の最新のホテルシーンの熱気を感じに泊まりに行ってみてはいかがですか?