ホテルは不思議な箱だと思います。ホテル空間の持つ特徴として「滞在時間の長さ」「占有性」が挙げられると思います。どんなに素敵なカフェも、美術館も、セレクトショップも、自分の空間であるかのように長時間過ごすことは難しいけれど、ホテルであればチェックインしてからチェックアウトするまでの間、通常の箱では考えられないほどの長い時間、空間を自分のものにできるのです。
ホテルの主な機能はもちろん「泊まる」ことですが、これを「長時間ひとつの空間に滞在する」と読み替えた時に、ホテルはただのベッドではなく、ゲストとホストを介在するメディアとして、大いなる可能性を秘めるようになります。
今回は、「泊まる」場所としてだけではなく、カルチャーを体感するメディアとしてプロデュースされたホテルを紹介していきます。
「展覧会に泊まる」がコンセプト。時間をかけてアートの世界に入れる宿「kumagusuku」
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京都・壬生にたつアートホステル「kumagusuku」
京都の二条城近くの壬生という街に生まれた宿、アートホステル「kumagusuku」。京都を拠点に活動する美術家の矢津吉隆さんによって創り出された宿です。各地で展覧会や芸術祭が企画されている一方で、年々アートがファッション感覚になり、作品がワンショット消費され、作り手と受け手のコミュニケーションが希薄化していることへの問題意識から、1つの作品に長い時間をかけて向き合うような展覧会の形を生み出しました。それが、「展覧会に泊まる」をコンセプトにしたこの宿なのです。
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宿内ではキュレーターを入れて本格的な企画展を行う
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宿のあちこちに作品が展示されており、生活の一部として鑑賞することができる
kumagusukuは1年単位で現代アートの企画展を行っており、チェックインしたゲストは館内や客室内に展示されている作品を1日かけてじっくり鑑賞することができます。宿泊を通じてアートが生活の片隅に入り込み、時間をかけて消化する過程で、作家やキュレーターが見ているアートの世界を体感できるのです。
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空間全体を活用した映像展示も
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客室内にももちろんアートが。作品とゆっくり対峙できる
kumagusukuの名前の由来は、植物学者で博物学者の南方熊楠の名前と、沖縄の方言で“城”を意味する“グスク”とを合わせた造語。熊楠の名前に含まれる、熊(動物)と楠(植物)に人間の営みの象徴としての城を組み合わせることで、南方熊楠のように宇宙的な視座を持って世界を見て、関わっていきたいという思いが込められています。
客寄せパンダ的にファッションとして客室内にアートを設置しているホテルとは全く文脈の違う、「時間をかけてアートの世界に入ってもらう」という目的があったがゆえに「宿」という形に着地した、そんなホテルです。
「人生とは『編集』することだ」というアイデアから生まれた、泊まれる雑誌「MAGASINN KYOTO」
「人生とは『編集』することだ」というアイデアから、京都・二条に新しい形の宿が生まれました。それが「泊まれる雑誌」というコンセプトの宿「MAGASINN KYOTO」です。京都の町屋をリノベーションした一棟貸しのコンパクトな宿で、1Fは誰でも入れるショップ&ギャラリー、2Fはショップとプライベートな客室がレイアウトされています。
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泊まれる雑誌「MAGASINN KYOTO」。軒先には特集企画の紹介が
「MAGASINN」とは、MAGASIN(雑誌・店)とINN(宿)を組み合わせた造語。2Fのショップでは宿がセレクトした「西陣織」などの伝統工芸や「vou」などの京都カルチャーを代表するセレクトショップの雑貨を常設し、1Fのギャラリー&ショップでは毎月「特集」を組んで季節毎に企画・展示するという、雑誌という概念を空間に落とし込んだような宿なのです。
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1Fはギャラリー&ショップ。特集企画の展示が行われる
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2Fは京都のグッズを購入できるショップになっている
「京都カルチャー」を軸にキュレーションされた空間の中において、ゲストは紙の雑誌で受け取ることができる「見る」「読む」だけではなく、「触れる」「聞く」「感じる」など五感をフル活用させながら情報の受け手となることができます。オーナーの岩崎さんとのコミュニケーションは、MAGASINNの新しい仕掛けのインスピレーションのもととなることも。ただの「泊まる」という次元を超えたインタラクティブな体験ができる空間となっています。
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客室は心地よい和室
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1Fのギャラリーに併設されたコーナー「袋綴」。一言の紹介文だけで本を選んで楽しむ企画が行われることも
2017年の12月には、関西を代表するファッション誌『カジカジ』の特集を開催。「もし、カジカジが紙面を飛び出してホテルになったら?」をコンセプトに、架空のホテル「ホテルニューカジカジ」を舞台としたグラフィックやグッズ、編集部総出のおもてなしイベントなどを展開し、関西カルチャーを発信していました。
「『泊まる』を通して文化を博(ひろ)める』をホテルシーンの新しいトレンドに
セレクトショップ、書店、クラブ、シネマ……。文化を編集し、発信する空間はあらゆるところにあると思います。ホテルは「衣・食・住」の一角を占める「住」に密接に関わる産業です。人はホテルに泊まっている時間は、その空間を占有し、「住む」ことになっているわけですから。ホテルというライフスタイル提案力のある箱は、情報をキュレーションし、ゲストに受け渡すという営みを行うことで、カルチャーを発信する力をも持つようになるのです。
「kumagusuku」「MAGASINN」それから私たちのホテル「SHE,」はこのような考えのもと、「泊博」という宿泊レーベルを昨年12月に立ち上げました。「泊まる」を通して文化を博(ひろ)める、をコンセプトにシーンを変える宿や展示、企画を仕掛けていきます。
新しい世界への入り口になるホテル、ぜひ泊まってみませんか。
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