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「母も娘も、誰もがただ一人の個人です」。
小林エリカ、母娘を語る

しんどさと向き合い、不機嫌な自分も愛でていきたい

2017年11月 特集:ははとむすめ
インタビュー・テキスト・撮影:若尾真実(sitateru) 編集:竹中万季
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芥川賞候補作家であり、マンガ家やアーティストとしても活動する小林エリカさんよる書き下ろしの短編『腹の虫』。この物語の中で出てくる「腹巻き」を、She isのMembersの方に12月にお届けする「ははとむすめ」のギフトのオリジナルプロダクトとして実際に制作しました。その名も、「腹の虫の声を聴く腹巻き」です。

今回は腹巻きの制作エピソードとともに、「目に見えないもの」を明らかにするために取り組み続けている小林さんがずっと考え続けているテーマでもあるという「母と娘」への思いについてもじっくりお話を伺いました。


11月のギフト「ははとむすめ」のページはこちら(お申込みは11/30まで)

痛みを除去するのではなく、どう痛みと付き合っていくか

漫画、小説、アート活動など幅広く活躍する、小林エリカさん。彼女とShe is、sitateruで共につくったのは、しんしんと寒くなってきたこの季節にぴったりの「腹巻き」です。「腹巻きのデザインって、なかなか経験できるものではないですよね」と話す小林さんは、そもそも腹巻きを着けたこともなかったそう。だからこそ、触り心地がよく保温性もばっちりという機能性は保ちつつ、ワッペンやキラキラしたパイピングなど腹巻きの「ちょっと恥ずかしい」イメージを覆す斬新なアイデアがたくさん飛び交いました。

小林:いままでにないような、アバンギャルドな腹巻きをつくりたくて。腹巻きってもともと隠すものだけど、堂々と見せたくなるようなかわいい腹巻きを目指しました。そういえば、バカボンのパパも堂々と服の上に着けていますよね(笑)。

小林エリカさん

デザインを考えていく中で生まれた「腹の虫を聴く」というコンセプト。その意味は、小林さんの短編小説『腹の虫』を読むと納得できるはず。この小説の主人公のように、生理に加え、嫌なことが重なってどうしようもない気持ちになったことがある人も多いのではないでしょうか。

小林:私、生理痛がひどくて、痛みをどうやって除去するかっていつも考えていたんです。でも最近は、どう痛みと付き合っていくかって思うようになってきて。自分の身体なのにコントロールできないのがストレスだったのですが、苛立っちゃうと、苛立ってる自分に苛立っちゃう。そこまで自分を責めなくてもいいんだって気づけるようなものがあったらなと思い、「腹の虫を聴く」というコンセプトが生まれました。腹の虫の声を聴くように、自分の不機嫌さも愛でていきたいんです。

「腹の虫の声を聴く腹巻き」と、短編『腹の虫』

物語の主人公は、不思議な女の人から手渡された腹巻きを、人目のあるその場で着けてしまいます。そこには、人前で着けていることを見られたらちょっと恥ずかしいイメージのある腹巻きを、逆に人前で堂々と着けたくなるようなデザインにした理由が隠されていました。

小林:ホルモンバランスとか生理のことって口に出しづらかったりするけれど、もっと言っていったらいいんじゃないって思っていて。腹巻きだって、つらかったら堂々と着けたっていいと思うんです。

生理のときは気分が落ちてしまうことも多いけれど、見方を変えれば子どもを産むための準備だとも捉えられます。腹の虫の声を聴きながら、娘であり母にもなり得る自分の存在について、ゆっくり考えてみてもいいかもしれません。

「母」や「娘」という言葉で総称されることで見えなくなってしまうもの

小林さんの作品には、母や娘を描いたものも多くあります。例えば、『シー』という短編小説(『彼女は鏡の中を覗き込む(2017年)』に収録)は、一時的に目を見えなくする薬を使った母と娘の話。そこでは、母と娘が交錯するようなかたちで描かれています。

小林:母親とは生まれたときからずっと一緒にいるから、何でも知っているような気になっていたのですが、あるとき全然知らないことに気づいたんです。母にも、恋をしたり、娘であった過去の時間があったわけだけど、私はそれを知らない。

自分の娘も、娘だと思うとつい知っているつもりになってしまうけれど、何を考えているのかは分からない。目に見えるものの向こう側にある、人の見えない部分にどうやったら気付けるのかなっていつも考えています。

1歳9か月のお子さんがいらっしゃる小林さんは、「子どももいるんだし、しっかりしなきゃ」というよく言われるこの言葉のおかしさに気づけなかったことに愕然としたと話します。改めて考えてみれば、「しっかりすること」に子どもがいるかどうかは関係ないこと。

小林:「母」や「娘」という言葉で総称されることで何かが見えなくなってしまうのが不安で。誰もがただ一人の個人であるという当たり前のことを忘れてはいけないと思います。

「家族」というものが血縁関係だけで定義されていることに違和感がある

11月29日から軽井沢ニューアートミュージアムで初めての美術館での個展『Trinity トリニティ』を開催する小林さん。そこでも、家族をテーマにした作品を多数発表されますが、これからまさに『娘たち』という作品を制作予定だそう。

小林:「家族」というものが血縁関係だけで定義されていることに違和感があって。子どもが生まれると「家族で大事にしましょう」と言われるけれど、何でもかんでも血縁の家族だけじゃない。もっと血のつながりだけじゃない形もあると思うんです。自分の母が娘だった時代を経て、なぜいま自分がこういう社会に生きているのか。「母と娘」はずっと考え続けているテーマです。

小林エリカ『Trinity』展に向けてのインタビュー

そう語る小林さんにとって「娘たち」とは、連綿と続く時代のずっと先を生きる子どもたちのことまでを含んでいるようです。たとえば、『母の話をしよう』(『忘れられないの(2013年)』に収録)という短編は、母の母の母が3歳だった1896年という年が、物理学者のアントワーヌ・アンリ・ベクレルが「放射線」を発見した年であるというところから始まる物語。「放射線」は、小林さんの作品で多く扱われているテーマの一つでもあります。

小林:ラジウムとポロニウムという二つの放射性物質を最初に発見したマリ・キュリーが実験時に使っていたノートを見に行ったことがあるのですが、未だに彼女が放射性物質を触った手の指紋によってノートにガイガーカウンター(放射性測定器)をかざすと値が高くなることに衝撃を受けました。目に見えないけれど、彼女が生きていたことの痕跡が放射性のついた指紋を通じてずっと残っているんです。

マリ・キュリーがラジウムを手にしたのは、1902年。放射能の半減期とされている1601年後は西暦3503年で、一世代30年とすると、53世代先の子どもたちが生きている世界になります。何世代も先の子どもたちが生きる未来を、ノートに残った放射性を通じて思いを巡らすことができる。目に見えない放射性物質が、ある種生きた痕跡になっているんです。

自分が生きた痕跡は、子どもや遺伝子を残すことだけではない

自分の知らない母親の過去や、100年以上前から残る放射能がついた指紋、53世代先の子どもたちなど、小林さんにとって、「見えないもの」や「聞こえないもの」は作品をつくる上での源泉になっています。

小林:自分が生きた痕跡って、子どもや遺伝子を残すことだけではないんですよね。消えていってしまう一瞬一瞬でも、いろんな方法で残すことで、未来の誰かがそれを見つけたり気づいてもらえたりするんじゃないかって信じている。だから、あったかもしれない何かの声や瞬間を書きたいといつも思っています。声って消えてしまうものだし、ちゃんと耳を澄ませないと聞こえないものだから。

考えてみれば、この世は見えないものや聞こえないもので溢れています。何でも知っているような気になっている母親や家族、それどころか自分のことさえも、全然分かっていない。自分のからだのことなのに、なぜかコントロールできなくて何もかも嫌になってしまったり、母になる自分の変化に驚いたり不安になったり。そんな日は、お腹を暖かくしてちょっと耳を澄まして「腹の虫の声」を聴いてあげる。腹巻きのお腹の部分には、小林さんが描いた銀色の刺繍の「腹の虫の声」が静かに光っています。


11月のギフト「ははとむすめ」のページはこちら(お申込みは11/30まで)

PROFILE

小林エリカ
小林エリカ

作家、マンガ家。著書は"放射能"の歴史を巡るコミック『光の子ども1,2』(リトルモア)、短編小説集『彼女は鏡の中を覗きこむ』(集英社)など。小説『マダム・キュリーと朝食を』(集英社)で第27回三島由紀夫賞候補、第151回芥川龍之介賞候補。他にはアンネ・フランクと実父の日記をモチーフにした『親愛なるキティーたちへ』(リトルモア)、展示はTHE FUTUREとの『Your Dear Kitty,The Book of Memories』(The Lloyd Hotel /アムステルダム)『六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声』(森美術館)他、作品集に『忘れられないの』(青土社)などがある。

INFORMATION

イベント情報
『子ども時代 Childhood』

11月14日(火)〜11月25日(日)
会場:東京都 ユトレヒト
時間:12:00〜20:00
休館日:月曜日
料金:無料

http://utrecht.jp/?p=24093

『Trinity トリニティ』

11月29日(水)〜1月14日(日)
会場:長野県 軽井沢ニューアートミュージアム
時間:10:00〜17:00
休館日:火曜日、12月26日(火)〜1月1日(月)
料金:無料

https://www.artagenda.jp/exhibition/detail/1801

書籍情報
『彼女は鏡の中を覗きこむ』

2017年4月5日(水)発売
価格:1,404円(税込)
発行:集英社

『忘れられないの』

2013年9月19日(木)発売
価格:2,052円(税込)
発行:青土社

関連情報
sitateru

誰もが衣服を自由自在に創造できるプラットフォームサービス。優れた技術をもつ全国300工場と連携し、マッチングシステム・IoT技術で小ロット・高品質な衣服生産が可能に。こだわりのアイテム、プライベートブランド商品、デザインワークウエアなどの様々なクリエイティブを実現する。現在、ファッションブランド、飲食・ホテル・スポーツ関連企業など5000を超えるユーザーが登録利用する。
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