「美人」そして「婚活」。センセーショナルでキャッチーなこれらの言葉を冠した、同名のコミックスが原作の映画『美人が婚活してみたら』は、タイトルが持つポップな強度とは裏腹に、ある一人の「美人」な「独身」女性の「死にたい」という独白から幕を開け、婚活や既婚の友人との関係を通して自分自身の素直な欲望を見つける過程を描いた作品です。
本作の監督を務めたのは、2017年に公開された『勝手にふるえてろ』においても、一人の女の子の心がたゆたう有様をリアルに描き出してみせた大九明子さん。
今回は、本作へもコメントを寄せ、著作などを通じて、これまで焦点を当てられづらかったわだかまりやしんどさを明瞭に言語化してきた、エッセイストの犬山紙子さんと共に、映画やお二人の経験を手がかりにしながら、ときに一人では泳ぎづらいこの時代における、結婚や友情のあり方などについてお話いただきました。
これは「婚活あるある」じゃなくて、立ち位置が違う女性二人の物語。(大九)
ー原作と同様、「美人の独身女性」である主人公のタカコが「死にたい」と呟く場面から本作は始まりますが、タイトルから想像されるテンションとの落差が印象的でした。大九監督ははじめに原作に触れたとき、どのような感想を持たれたのでしょうか?
大九:まずは、タイトルにすごくフックがあるなと思いました。一方でその言葉の強さにどこか「うわっ」と感じもして。この原作をもとに、(シソンヌ)じろうさんが脚本を書いて、私が監督で映画化するという企画を考えたプロデューサーがいるのですが、彼自身が婚活をしていたらしいんですよ。
その経験を通じて、私が原作のタイトルを見たときにまず感じたイメージとは異なる視点を彼が持っていて、まさに「この作品は『死にたい』という場面から始まるんです」とおっしゃっていた。それが面白いなと思いました。
大九:原作を拝読して、私が特に面白く感じたのは女性二人の関係性でした。作者の(とある)アラ子さんはご自身を登場させつつ、「美人」である友達のタカコをすごくいじっていて。仲がいいんだろうけど、どこか毒っ気のある視点に作り手として興味を惹かれたんです。
ー映画では、原作のアラ子さんにあたる既婚のケイコの人物像が、より生々しさを増していると感じました。
大九:原作の中でアラ子さんはあまり自分のことを描いていないんです。一方で、単行本に収録されている4コマ漫画では、アラ子さんとお母さんが「死ね」って言い合うやりとりも描かれていたりして。そうやってたまに描かれている自身のエピソードから、苛烈に伝わってくるメッセージがあって、私自身もそこにすごく共鳴しました。
だからじろうさんにも、脚本を書いていただくにあたって、「婚活あるある」じゃなくて、立ち位置が違う女性二人の物語として、この4コマの感覚や二人の腐れ縁的な空気感を伝える映画にしたいと言ったんです。
結婚している方がよくて、結婚していない方がだめだというお話ではないところも今の女の子たちのリアルな思いをすくいとっている。(犬山)
ー犬山さんはこの映画をどのようにご覧になられましたか。
犬山:今の社会を生きる女の子たちが、それぞれの道を歩みながらも寄り添い合っている姿が魅力的な作品だと思いました。これまでの映画やドラマの中で描かれてきた女の子同士のやりとりを見ていると、正直なところ描写が雑だなと思うことも多いんです。「アラサーの女の子同士ってどうせこんな感じなんでしょ?」っていう印象をただ押し付けられるようなものだったりして。だけどこの映画では、そのあたりを丁寧でリアルに描いてくださっていて、タカコとケイコのやりとりがすごく尊いな……! と感じました。
犬山:あと、じろうさんが台詞を書かれているからか、ケイコがめちゃくちゃ面白いんですよ。あんな友達がいたら最高だなと思いました。いくつかメモってきたんですけど、「辰巳琢郎でも分かんないわ」とか「歯医者の世界と歌舞伎の世界は一緒」とか、ぽろっと言う一言がすごく鋭くて(笑)。
大九:面白いですよねえ。
犬山:美人とイケメンって話がつまらないと思われがちなんですよ。でもそんなわけはなくて、もちろん面白い人たちもたくさんいる。この作品ではケイコは美人として描かれているわけじゃないですけど、タカコとケイコのやりとりを通して、「女同士のやりとりってつまらない」みたいな思いこみをはねのけてくれるところがすごく好きでした。
もちろん婚活のことも描かれているのですが、結婚している方がよくて、結婚していない方がだめだというお話ではないところも今の女の子たちのリアルな思いをすくいとっていると思います。
婚活ってSOSでもあると思うんです。(犬山)
犬山:私、婚活ってSOSでもあると思うんです。結婚したからすべてが楽になるなんてことはないって、みんなどこかでわかっているはずで。だけど、今の世の中では多くの人が生きづらさを感じていて、結婚したらその苦しさが晴れそうに思えてしまう現状があるから、ずっと一緒にいたいと思える関係の人との延長線上に結婚があるのではなく、結婚自体が目標のような婚活をしてしまう。
ータカコも、自分自身が本当はどのように生きたいのかという欲望を見失っていて、そのもやもやした思いをひとまず結婚をゴールにおいた「婚活」という行動に置き換えているように思えます。
犬山:例えば「セックスがしたい」みたいな当たり前の思いも含めて、女の子の欲望って蓋をされていますよね。欲望をそのまま出すとはしたないと言われてしまうんじゃないかと思ったりするから。
普段からそうやって欲望に蓋をされているなかで、そこから解放されることってすごく大変だと思うんですけど、その解放のきっかけをくれるのが自由に生きていると思えたり、尊敬できる他人なのかもしれません。自分とは違う他人のあり方を見ることで、そもそも自分の思いに蓋をしてることにすら気づけていなかったとわかったりもしますし。コミュニケーションを通じて見えてくるものがあるかもしれない。
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