アウファたちは信仰のない日々を過ごしていた時期もあるから、信仰している人と、していない人の両方の気持ちがわかるんですよ。(コムアイ)
─コムアイさんはエッセイの中でもアウファさんたちご兄妹との出会いから感じたことを書かれていましたが、お二人との出会いを通じて、ご自身の中で変化したことや気づいたことについてあらためて伺えますか?
コムアイ:イスラム教は厳しいものなんだと漠然と思っていて。大学時代にもアラビア語のクラスを受けている人の中に改宗している人がいたけど、どうして改宗するのかわからなかったんです。でも、私はわからないものをわからないままでいるのはつまらないと思っていて。自分が理解できないものに少しずつ近づいて、わかっていくことが好きなんです。
アウファたちは信仰のない日々を過ごしていた時期もあるから、信仰している人と、していない人の両方の気持ちがわかるんですよ。だから私がいろいろ質問してもどんなことを聞きたいのか感覚的にすごくわかってくれるし、発見がいっぱいある。
あと、去年のラマダンの時期にお家に行かせてもらった経験も大きくて。アウファの家に入った瞬間に、笑いながら楽しそうにしている大量のおばちゃんたちに囲まれて、名前を教えあったり、一緒にセルフィーしたり、ヒジャブのかぶり方を教えてもらったりしたんです。すごくエネルギッシュで、個人というより全体で何かを共有している感じだった。そういうみんなの中にいるのがすごく心地よくて。
─知識として知るだけじゃなく、コミュニティに混ざっていく体験をされたことが大きかったんですね。
コムアイ:自分もエッセイで書いておいてなんですけど(笑)、文章で読むだけだったらそこまでぴんと来なかったかもしれない。アウファたちのことを好きになって、お家に暖かく迎えてもらって一緒に過ごして、すごく安心できたことが、自分の中で理解につながった一番大きな要素だと思います。
神様が監督している映画の中で演じているような感じかな。(アウファ)
─アウファさんは信仰を持たなかった時期もあるそうですが、信じるべきものが指し示されている中で生きていくことになって、どのような変化がありましたか?
アウファ:大学時代の前半までは、「親が言ってるからとりあえず」みたいな感じで、目的意識を持たずに文化として宗教を信仰していたんです。その後、さまざまな人生の苦難や逆境を通して神様の存在を知って、自分の意思で神様を信じるようになったんですけど、それまでは行き先のわからない電車に乗っているような感じでした。どんなに荷造りや準備をして列車に乗っても、目的地がわからないまま。人生ってどこに向かっているんだろう、と思っていたんです。でもいまは「死」という明確な目的地がある電車に乗っていて、到着するまでの間、その目的地、つまり「死後の世界」について調べたり、荷物を整理したりしている感覚です。
コムアイ:映画にたとえたりもしていたよね。
アウファ:うん、神様が監督している映画の中で演じているような感じかな。
信仰を持つまでは、死ぬまでに人生を謳歌すればいいと思っていただけだったけど、いまは死が自分の中で大きなテーマになっていて。死というものについての知識や準備を自分の中で深めないといけないと思ってる。生死のことについて発言すると「スピリチュアル」って笑い飛ばされたりもするけど、誰もが迎える大きなイベントだから、本来はもっとみんな向き合うべきなんじゃないかなって、よく兄妹で話していて。
コムアイ:成長しきった国で暮らしていると、死の感覚が金庫の中に入っているように遠ざけられている感じがする。お葬式でも肉体が腐っていく感触を体感しないし、自分が食べている肉や魚を絞めたりさばいたりする瞬間を見ない。不思議な世の中だなと思って。あまりにも死の手触りがなくなったことで、死がブラックボックスになっちゃって、怖がっているような気がする。
「イスラムって大変なんじゃないですか」って聞かれるんだけど、もちろん大変。でもそもそも「人生」って私たちが一生かけて取り組まなければならない壮大なプロジェクト。(アウファ)
コムアイ:アウファに聞いてみたい話があって。前にアウファの家に行ったときにみんなで死の話をしていて、アウファたち家族が「早く死にたいんだよね!」って明るく言っていたのが印象的だったんだよね。自殺したいというわけじゃなくて、死が来ることがネガティブなことじゃないんだなと思って。
アウファ:これについてはちょっと考え方が変わったかも。このコロナ禍でハディース(預言者の言行録)を読み直して勉強していたら、「死を望んで祈願してはならない。生命は善行をするため以外に延ばされることはない」って書いてあって。私たちが死後天国に行くためには善いことをたくさん積み重ねなきゃいけないけど、死んだらそれができなくなってしまう。それってつまり、生きている間は自分磨きのチャンスを神様に与えられてるってことなんだなって。
だから必要以上に長生きしたくはないけれど、生を与えられていることには意味しかないから、最善を尽くして生きようという気持ちになった。そういう意味では「はやく死にたい」とは思わないけど、「死んだあと神様に会えたり、天国へ行くのが楽しみ!」っていう気持ちは変わらない。死はネガティブなことではなくて、むしろ死はすべての始まりで、ポジティブなことだと思ってる。
─クルアーン(イスラム教の聖典)に書かれていることについても考え方が変わったということですけれど、クルアーンというのは何度も読み返して考えを深めてゆくものなんですね。
アウファ:いわゆる「豚を食べない」とか「お酒を飲まない」とか「断食や礼拝をする」とか、あとは「陰口や噂話がだめ」みたいな戒律に対して、「イスラムって大変なんじゃないですか」って聞かれるんだけど、もちろん大変。でもそもそも「人生」って私たちが一生かけて取り組まなければならない壮大なプロジェクトで、大変じゃないわけがない。クルアーンにはその壮大なプロジェクトに上手に取り組むたの方法が書かれていて、クルアーンを読んで正しい知識を深めれば、むしろより生きやすくなる。
コムアイ:アウファは途中から改信しているから、余計に疑問に思ったことについて一つ一つ納得して進んでいこうとするのかもしれないね。