ウィメンズ・マーチ、音楽業界での女性の地位向上を訴えた「She Is The Music」発足、BLMに対するメッセージ。アクティビストとしてのアリシア・キーズ
渡辺:シングルの出し方も絶妙でしたよね。コロナ・パンデミックやBlack Lives Matterなど、時代を読むメッセージ・ソングとしての役割も十分に果たしたのではないかと思っています。
高橋:時代がアリシアを求めているようなところもあるよね。2017年、ドナルド・トランプ大統領の就任式に合わせて開催されたウィメンズ・マーチではアリシアが運動を牽引していた印象があったし、直後には#MeTooムーブメントの盛り上がりを受けて先述した「She Is The Music」キャンペーンを発足してる。そして、その活動が評価されてのグラミー賞のホスト起用。この一連の流れのなかで、彼女自身もアクティビストとしての自覚を強めていったんじゃないかな。
No matter where you were today... We sent a powerful message! https://t.co/vj0j1Xvxvy #WomensMarch #WhyIMarch #WomensRightsAreHumanRights pic.twitter.com/wd8wM7D5hV
— Alicia Keys (@aliciakeys) January 21, 2017
2017年のウィメンズ・マーチでは、アリシア・キーズはトランプ大統領が女性に対して侮辱的な発言を繰り返したことを受けてスピーチをし、その後 “Girl On Fire”を歌った(TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」での高橋芳朗さんの解説より)。
「She Is the Music」はアリシア・キーズが発足した音楽業界の女性たちを主体とする女性の地位向上キャンペーン。音楽業界における女性の地位が一様に過少評価されていることを訴え、有色人種の女性の雇用促進も呼びかけた。
高橋:そうした動きの延長に“Good Job”や“Perfect Way to Die”のようなシングルがあると思っていて。6月にオンラインで行われた『BET Awards 2020』はBlack Lives Matter運動の世界規模での拡大が強く反映された構成になっていたけど、そんなセレモニーの軸を担っていたのがパブリック・エネミーのアップデート版“Fight The Power”、ジョージ・フロイド事件を再現したダベイビーの“Rockstar”、そしてアリシアの“Perfect Way to Die”のパフォーマンスだった。あれは彼女がいまの激動のアメリカを映し出す代表的なアーティストであることを強烈に印象づけた瞬間だったんじゃないかな。
アルバム『ALICIA』はいまのアメリカの世相を強く反映しているのに加えて音楽的にもますますボーダレスになってきているんだけど、そんなアリシアの姿にはやっぱりニーナ・シモンがだぶって見えてくる。公民権運動の時代にニーナがいて、Black Lives Matterの時代にアリシアがいるーーそんな見方もできるんじゃないかな。「いま我々が生きている時代を反映させることはアーティストの責務である」というニーナの有名な言葉があるんだけど、アリシアはまさにそれを実践しようとしているんだと思う。さっき話したニーナのコンピレーション『Forever Young, Gifted & Black』のライナーノーツでも「このアンソロジーは私たちが少しでもニーナ・シモンという傑出した人物に近づいていかなければならないのはなぜなのか、そのわけを思い出させてくれる」と書いていたしね。
渡辺:ニーナ・シモンは、1964年に発表された“Mississippi Goddam”に代表されるように、公民権時代においてプロテスト・ソングを歌い続けていましたよね。かなり勇気のいる行動だったと思いますし、アリシアも、プロテスト・ソングを生み出すこと、そしてそれを歌うことに関してだいぶ自覚的であるっていうことなんですかね。
高橋:アリシアが社会活動に熱心なのはいまに始まったことではないけれど、先ほども話した通りここ数年で本人のアクティビストとしての自覚と確信がぐっと深まってきたのはまちがいないだろうね。
渡辺:私も、“Perfect Way To Die”は今回のBlack Lives Matter運動を代表する一曲だなと思っているんです。この曲はアリシアからの目線ではなく、実際に警察によって命を奪われた黒人の被害者のストーリーを俯瞰的に歌っているんですよね。特に、ヴァース1は被害者男性の母親の目線で描かれている。「差別に反対だ!」と中心からまっすぐにメッセージを発するのではなく、こうして語り部のような立場でプロテスト・ソングを歌うというのが、今のアリシアっぽいのかなと思いました。
2020年6月28日に行われた『2020 BET Awards』(アメリカのブラック・エンターテイメントを牽引するTV局が主宰するアウォード)で披露した“Perfect Way To Die”(YouTubeで見る)
高橋:激動の2020年を振り返ったとき、このアルバムは真っ先に思い浮かぶ作品になりそうだな。隅々にまで2020年の気分が詰め込まれてる。
アリシアは口だけ番長じゃない。パフォーマーであり、アクティビストでもあり、やりたいことは全部やりますというところは見習うに値するポイント
渡辺:今回の企画に際して、彼女のディスコグラフィーをざっと追ったんですが、2001年のデビューからもうすぐ20周年を迎えるんですよね。改めて、20年って相当長いよなあと感じて。
高橋:アリシアの20年のキャリアを振り返ってみて改めて思うのは、そのときどきのトップ・ラッパーとがっちりコラボしてきていること。ケンドリック・ラマー、ドレイク、ニッキー・ミナージュ、カニエ・ウェスト、エミネム、ジェイ・Z、Nas……このバランス感覚だよね。ビヨンセやリアーナでもここまではできていないでしょ?
スー:なんに関しても口だけ番長じゃないのが信頼される理由じゃないかな。メイクアップをやめるだけじゃなく、今度はスキンケアのブランドも立ち上げるし。やりたいことは全部やる派だよね。アリシアは映画にも2本出ていて、絵本も出版してる。詩集や自伝も出してるし、あと、今度Netflixでラブコメ映画のプロデュースもやるんだって。
アリシアが自身のYouTubeチャンネルで公開した「Get Unready With Me」ではスキンケア・ルーティーンも公開(YouTubeで見る)。
高橋:うおー、それは楽しみ! スカーレット・ヨハンソンと共演した2007年公開のコメディ『私がクマにキレた理由』でも好演していたし、また女優業も再開してほしいな。
スー:ここは見習うに値するポイントだと思った。
渡辺:何でもやっちゃうところ?
スー:そう。やってみたいことはとりあえず何でもやるって、女性がすごく尻込みしちゃうところでもある。「私なんかが」って思うことも多いし。アリシアは、パフォーマーであり、アクティビストでもあり、やりたいことは全部やりますっていうところがすごくかっこいいよね。
高橋:個人的なアリシアのベスト・モーメントは、さっきも軽く触れた2017年のウィメンズ・マーチ。『Here』のジャケットからそのまま飛び出してきたような出で立ちで、髪を振り乱しながらプロテスターを引っ張っていく姿はまさしく「スーパーウーマン」だった。
アリシア・キーズの“Superwoman”は、世の中の頑張る女性に向けたエンパワメントソングとして支持されている(YouTubeで見る)。
渡辺:かつてのアンジェラ・デイヴィス(1970年代の黒人解放運動の象徴でもある活動家、フェミニズム運動家)みたいでしたよね。
スー:それでいて、過剰な威圧感がないのもアリシアのすばらしさ。プライベートでも、わだかまりのあった関係と向き合って、ちゃんと和解までもっていく胆力もある。かつて確執があった父親とも、(現夫のスウィズの元パートナーである)マションダとも。アリシアが「自分が怒りというものに固執しすぎると、あなたが傷つけている人はあなた自身になる、すなわち、自分を傷つける」と言っていた記事があって。ここでも、アリシアって一歩早いなと思ったの。アリシアはもう、怒りを解放して許すフェーズにいるんだよね。以前、マションダとスウィズの間に生まれた長男のバースデーパーティーにアリシアが招待されたらしいんだけど、途中で帰らずに最後までパーティーに出席していたんだって。それがきっかけで、マションダもアリシアのことを受け入れようと思ったみたい。
高橋:まさに“Blended Family”で歌われていることだよね。本当に、どこまでも実践の人。
スー:実践の人、それだね。
渡辺:勝手に予想するとしたら、今後、アリシアはアーティストとしてどんな道筋を辿っていくと思われますか?
高橋:女性アーティストや黒人アーティストのコミュニティの精神的支柱として、さらに存在感を強めていくことになるんじゃないかな。現状そのポジションに立てる人もいないと思うから。
スー:ちょっと前だとレーベルを作っていた気もするんだけど、そういう時代でもないじゃない? また他に新たなファウンデーションを作っていくんだろうね。そして、それがそのまま次の時代を表すものになっていくんだろうなって感じはするし、それが楽しみだな。
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