自分の状態に目を向けるには、「ストレス」が一つのシグナル。(伊藤)
「心地よさ」はパーソナルなもの。だとすれば、自分にとって心地いい場所とはどのように見つけることができるのでしょうか。気づきの解像度を高めるために、伊藤さんは、「自身の内なるシグナルを察知することが大事」だと話します。
伊藤:「心地よさ」を追求するには、その人自身にとっての良い/悪いに気づくことが大切です。気づきに目を向けるには、「ストレス」が一つのシグナル。カウンセリングでは、日々の生活の中でストレスに感じていることは何か、毎日記録を取ることをオススメしています。具体的には体調とメンタルの状態を、0から100の間で点数をつけてもらい、点数にひも付く出来事をメモしてもらいます。コミュニケーション不足によるものなのか、なにかが過剰であることなのか、騒音なのか、勤務体系なのかなど。
また、体にストレス反応が出る人も多くいます。頭痛や蕁麻疹など症状が出た場合は、それもチェック。自分自身の変化に目を向けて記録をとる「外在化」という行為は、ストレスのパターンを理解するためにも大事なことです。パターンがわかってくると、対処法を練ることができる。それが、パーソナルなセルフケアの手段を探す一歩になります。
柴田:私も幼い頃からあまり身体が強くなかったので、体調をチェックするようにしています。安定的な体調を確保することが、仕事がうまくいくために大事なこと。私の場合は、身体が気持ちいいと感じることを施すと回復する傾向があるので、足を温めたり湯船に浸かったりするようにしています。お気に入りのお湯の浸かり方は、背泳ぎのように顔だけ水面に出して頭から全身お湯に浸かること。半分おまじないのようなものですが、傷が癒えていくような心地になります。
「気持ちいい」という体の反応は、大事にすべきですよね。マグカップの取っ手や文房具の使い心地など、気づかないくらいの小さなことにも目を向けてみる。「なんとなく好き」という気持ちが積み重なって、身体や心は回復していくとプロダクトデザイナーとして信じています。私自身も、「身体が気持ちいい」ということをいつも考えて、細部まで意識してデザインしています。
伊藤:気づきを高めていく方法としては、「マインドフルネス」とよばれる自分自身の体験に意図的に意識を向ける手法があります。手軽なものとしては、レーズンを用いたエクササイズ。レーズンを無意識に食べるのではなく、食べる前に触ったり匂いを嗅いだり、口の中で転がしたり少しかんだり、五感に集中して味わうことで、気づきを鍛えることができますよ。
まずは、自分の状態に気づくこと。さらに自分自身の心身を大切にするための、おすすめの「ご自愛」の方法を伺いました。
伊藤:効能など理性的に物事を捉えるのではなく、自分の気持ちを第一に考えて行動することは、実はご自愛につながります。たとえば、コンビニでカロリーや糖質を気にして買い物をするのではなく、今食べたいものは何かを考えて買い物をする。インナーチャイルドといって、自分の感情の中にいる子どもの声に耳をすますようなイメージですね。小さな欲求を一つ一つ満たしていくことが心のケアにつながります。
龍崎:私は頑張れてしまうタイプなので、これまで「ご自愛」にあまり関心が高くありませんでした。友達から漢方について教えてもらい、カウンセリングに行ったんです。体調について聞かれたことで、初めて自分自身に目を向けることができた。日常には支障をきたさない範囲だったのですが、立ち止まって考えることで、自分の不調に気づくことができました。
毎日忙しいと、自分の状態を気に留めることは難しいですよね。今、新たな取り組みとして北海道の層雲峡温泉にあるHOTEL KUMOIを、リトリート施設としてリブランディングしています。整体師や鍼灸師、漢方薬局の方など、東洋医学の専門家の方々のご支援とご協力のもと、体質に合わせた食事やトリートメントなどを処方できる場所を提供することで、ご自愛の解像度を少しでも高めてもらえたらと思います。
出産・育児を女性だけの問題として捉えるのではなく、親となるパートナーの方々が身体的に、そして精神的によりヘルシーでいられる社会を作れたらと考えています。(龍崎)
龍崎さんが力を入れている、もう一つのプロジェクトはひとりひとりが過ごしやすくなる/生きやすくなる環境づくり。最近は、産後ケア施設を兼ね備えたホテルを計画されています。産後間もない時期に、赤ちゃんとの生活リズムを整え、自身の身体を休めることのできる施設。女性たちが働くことと暮らすこと、それらを切り分けず、安心感が不足している空間領域に新たな提案をします。
龍崎:私は24歳でまだ子どもはいませんが、年上の先輩方に妊娠・出産の話を聞くと、想像以上に大変なことだと痛感します。産後は、鬱状態になったり、子育てをハンデに感じて会社経営を諦めたりした女性にも出会いました。これから出産する可能性がある身として、これまで多くの人が苦しんで登ってきた険しい山を同じように登り続けるのではない方法を見つけたかったんです。より少ない負担でその道を通過したいと思ったときに、産後ケア施設が必要だと感じました。
韓国や台湾では産後ケア施設が多く存在しますが、日本ではまだまだ普及していません。第三者が産後のサポートに入ることで、出産・育児を女性だけの問題として捉えるのではなく、親となるパートナーの方々が身体的に、そして精神的によりヘルシーでいられる社会を作れたらと考えています。
柴田さんもオムロン「けんおんくん」や子ども向け木製玩具「buchi」など、女性に向けたプロダクトも多く手がけられています。ジェンダーを問わないプロダクトや空間がほとんどですが、あえて「女性」という観点から意識されていることはあるのでしょうか。
柴田:プロダクトを作る上では、ジェンダーへの意識はほぼありません。女性が作っているだけで「やさしい」と評価されることは多いけれど、意外と女性の方がスマートでシャープなものを作りますよ(笑)。私が大切にしていることは、自分に寄り添ってくれるようなデザインであること。他人に見せびらかすものではなく、その人自身が幸せになれるデザインを作るように心がけています。
柴田:ただ、働くという意味では「女性」ということは意識せざるを得ないですね。プロダクトデザイナーという領域は圧倒的に女性が少数です。それは、立体把握能力に性差があると言われることもありますが、具体的な理由はわかっていません。20代は、それで窮屈に思うこともありましたが、最近は女性であることは個性であって、有利なことも多いと感じます。私自身、一生働ききればいいことがたくさん待っているのではないかと思いながら働いています。