コロナ以降働くスタイルが変化し、リモートワークやテレワークが「ニューノーマル」として生活に根付いてきました。この状況を受け入れるために、自身にとって「働きやすい場所」を試行錯誤している人も多いはず。空間ひとつとっても、椅子や机などのプロダクト、気温や香りなど環境、同居者や近隣との関係性による心理的なものなど、多分な要素が「働きやすさ」に影響しています。
She isと野村不動産が運営するサテライト型シェアオフィス「H¹T(エイチワンティー)」のコラボレーションプロジェクト「#わたしにちょうどいい働き場所」では専門家の方をお招きして、働く場所が快適なものになるためのヒントを探りました。プロダクトデザイナーの柴田文江さん、臨床心理士・公認心理師としてカウンセリングを行う伊藤絵美さん、ホテルプロデューサーの龍崎翔子さん、野村不動産パートナーズの杉山詩織さんと小田桐知世さんに、それぞれの視点から話していただきました。働きやすい場所を考えること、それは自分自身や大切にしたいことを見つめ直すことにも繋がるのではないかと発見した対談でした。
心理学の観点でいうと、普段働く場所がその人にとって「心理的に安心/安全かどうか」がとても大事。(伊藤絵美/臨床心理士)
「仕事」と「暮らし」の距離がグッと縮まった数か月。両者の関係をどのように構築していくか、課題や利点が次第に見えてくるようになったなかで、「心理(カウンセリング)」「プロダクト」「空間づくり」の専門家の方々に「自分にとって心地よく働ける場所とはどういった場所か?」について多角的な視点で考えを伺いました。
伊藤:専門にしている心理学の観点から話すと、普段働く場所がその人にとって「心理的に安心/安全かどうか」がとても大事だと考えています。心理的安全とはつまり、「脅かされない環境である」ということ。自分の発言や行動が否定せずに受け止めてもらえるような環境だと、安心して振舞うことができますよね。
また、他者に占領されず、一人で思考を深めることのできる空間が確保されていることも重要です。環境は、個々人の好みによるところも大きいですが、今一度自分の気持ちを振り返っていただくといいと発見があると思います。
柴田:「プロダクトの心地よさ」は個々人の好みが大きく影響するのでひと言ではまとめられないのですが、個人的な話でいうと伊藤さんがおっしゃっていた「心理的安全/安心」というのは、よくわかります。
個人事務所で働いているので、自分の事務所と外部に足を運ぶのとでは、サッカー選手の言う「HOME」と「AWAY」くらい違う感覚です。事務所は安全なHOME、自分でコントロールできる場所。外はAWAY、戦闘モードで出向くので格好も普段と違います。なので、初めての依頼は基本的に事務所に来てもらうようにしています。HOMEだと自分らしく在ることができますし、自分の美意識や価値観を理解してもらえる。それは、仕事を進める上で大事なことだと考えています。
伊藤:私も個人オフィスなので、お気に入りのぬいぐるみや自分にとって大切なグッズに囲まれているだけで、心持ちが全然違いますね。カウンセリングにいらっしゃる方も、その空気に包まれて自然と心を緩めてお話くださるように思います。
その日の気分によっても働きたい環境や場所は異なると思います。(小田桐知世/野村不動産パートナーズ)
仕事場でもなく生活の場でもない「シェアオフィス」という第3の居場所を展開する、野村不動産のH¹T。ニーズが高まっている中で、どのような空間づくりを心がけているのでしょうか。
小田桐:「心地よさ」は人それぞれ違うことが大前提だと思います。そんな中でも温熱、光、香り、音など環境づくりを丁寧に積み重ねることが、心地よさを追求する上で大切なことではないでしょうか。また、その日の気分によっても働きたい環境や場所は異なると思います。H¹Tでは個室やオープンスペースなど様々な選択肢を用意することで、そうしたニーズに応えていきたいと思っています。
杉山:環境づくりは大切だと私も思います。H¹Tでは「バイオフィリックデザイン」とよばれる、空間の中に自然を感じられる環境に整えるデザイン手法をとっています。森林浴をしているような光、日光浴をするような大きな窓、生の植物を取り入れるなど、自然と共存するワークスペースにすることで、働きやすい場所になっていると思います。
高いクオリティを保ちながら、インテリアとしても素敵なデザインのオフィスチェアが欲しいと思っていました。(柴田文江/プロダクトデザイナー)
プロダクトデザイナーの柴田さんは、イトーキと「働くと暮らすを越境するワークチェア」をテーマにしたプロダクトvertebra03をデザインしました。これまでのオフィス家具にはない、暮らしにも馴染むスタイリッシュなデザインと快適な使い心地。新たなワークスタイルの象徴としても注目を集め、H¹Tでも導入されています。
柴田:vertebraの1代目は、エミリオ・アンバスとジャンカルロ・ピレッティというデザイナーが1981年に作ったものでした。「脊椎」という意味の、人間工学を取り入れた椅子で、机に向かって座ったときに、負荷のかからない体のポジションに整えてあげることが働きやすさに繋がる、という考えから設計されています。当時はPCが広まった頃で、爆発的にヒット。役所や学校など全国的に広まりました。
柴田:私たちの身体の構造は変わらないので、リニューアルに際して根本的なデザインはそのままにしていますが、働き方は大きく変化しましたよね。たとえば、お洋服でも以前はスーツや制服など堅苦しいものに身を包んでヒールを履いたけれど、いまはラフな格好に歩きやすい靴を合わせる方も多い。オフィスのデザインもカフェ風のミーティングスペースが増えていたりします。
仕事とプライベートが切り離されておらず、「自由に心地よく働く」という風潮が高まっていますし、私も日本の高いクオリティを保ちながら、インテリアとしても素敵なデザインのオフィスチェアが欲しいと思っていました。そこで、これまでのオフィスチェアのイメージを払拭するような、「働く」と「暮らす」がフュージョン(越境)するような椅子を目指しました。
共有物として使われる場面でもなるべく個人のものとして愛着を持ってもらいたかったので、心理的に安心できるスペースを確保する意味で、肘掛や高さ調整など細かい工夫を加えました。イトーキの高い技術と外観やテクスチャーなどを融合させたことで、多くの方に受け入れられたのではないかと思います。
大多数が満足するサービスよりも、徹底的にパーソナルな空間づくりが大事。(龍崎翔子/ホテルプロデューサー)
龍崎翔子さんは、「HOTEL SHE,」などホテルという空間を通して、日常へ持ち帰ることのできるさまざまな気づきを提案されています。卒業論文の執筆を応援する「卒論執筆パック」、アナログレコードをたっぷり堪能できる「HOTEL SHE, OSAKA」など、空間と気持ちの関係性の構築をどのように考えているのでしょうか。
龍崎:宿泊というのは、一緒に泊まった人や泊まるに至った経緯など、ドラマとともにたどり着く場所だと思います。私たちが心がけていることは、このホテルに宿泊したことが、5年、10年経った後でも記憶が呼び起こされるような体験になること。心地よさは人によって異なるものだと思うので、大多数が満足するサービスよりも、徹底的にパーソナルな空間づくりが大事だと思っています。鮮明な思い出がいつでも蘇ってくるような宿泊体験、プロダクトを提供したいと考えています。
- 1
- 3