愛はいつも手づくり。みんなで考えた「#だれと生きる?」

【Members限定】私たちの人生をより良いものにするためのパートナー考

2017年12月 特集:だれと生きる?
テキスト・写真:はくる
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パートナーとの在り方の可能性が広がり続けている今、結婚する・しないではなくて、「だれとどうやって生きていくのか」、その選択肢は無限です。12月の特集「だれと生きる?」は、パートナーという存在に対する考え方や素敵な時間を過ごしていくための工夫を共有できたらという思いから始まった特集です。わたしたちの関係を、そして人生をより良いものにするためのヒントがここに隠れているかもしれません。

みなさんから募集していた公募コラムには、9年間を共に過ごす男性との愛憎の記録を綴った玉木はるさんによる「恋の消滅、愛の派生」他、様々な体験談や考え方が集まりました。今回は公募コラムからピックアップしたものにGirlfriendsのはくるさん(@silonica)がコメントを寄せました。

※この記事は、1月23日(火)からは有料Membersの方のみ閲覧できます。

誰かと生きるために、まずはしっかり一人で生きる。

人と人とは、溶け合って生きていくのではなく、輪郭と輪郭をくっつけて生きていく

家族というものへの意識の希薄さに申し訳なさを感じていた彼女。しかし、一人で考え行動していたからこそ乗り越えられた事柄もあると彼女は言います。家族も恋人も「一人」という単位が寄り添ったものです。わたしは、そのことを一歩下がって認識できている人に対して健康的なイメージがあります。誰と寄り添い、どんな関係を築いていくのかを自由に選択するためにも、一人で立つ力を強化することはとても大切です。

どんなときも一緒であるわたし自身と、「妻」というラベルの兼ね合い

結婚指輪の輝きに引っ張られている自分に気付き、指輪をつける位置とその効能を調べ、薬指以外の指にも指輪をはめることにしたという彼女。薬指から感じる「妻」というラベルの重さと自分自身のバランスを取るために、更に自分へのお守りを追加していく。これは前向きな自分の守り方だと思いました。違和感を感じたときにやめてしまうのではなく、頼りない部分を補強していくことを続けていけば、より良い自分に出会えるはずです。

「生かしてほしい」という下心を捨て、いつかあなたに出会いたい

パートナーのいない時期にこそ、いざというとき相手の役割すら担えるような「生きる力」を鍛えることが大切だと感じている彼女。誰かに甘えたい・助けてほしいという思いを抱くことは誰しもあると思います。それが疲れているタイミングであれば尚更。しかし、そういった期間が長くなり相手に寄りかかる分量が増えるにつれ、自分の無力さに対する認識が麻痺していくものです。それは出会えたパートナーに負荷をかける失礼な態度であるばかりでなく、自分をないがしろにすることにも繋がっているはず。疲れたときにはしっかりとお休みをし、そして次に踏み出す力を得られるように心がけることが大切です。

時を経て変化してきた、「だれかと生きる」ことへの考え方・感じ方。

誰かのおかげで変わっていくことは、豊かになっていくということ

他人からの影響のつぎはぎのような自分を芯がなくて嫌だと感じていた彼女。しかし次第にその考え方が変わってきたそうです。「影響を受ける」という言葉には誰かの真似をしているような、何かのうわずみだけを楽しむようなイメージがつきまといますが、人との出会いによって関心事や選択肢が増えていくことは決して悪いことではありません。彼女が「誰の近くにいるか≒自分がどう変化していくか」だと言うように、自分に変化をもたらしそうな人との人間関係を大事にすることは、芯をなくすどころか、豊かになっていく行為です。

ずっと一緒にいるのではなく、ひとときの時間を交換しながら生きていく

誰かと一緒に歩むためには約束が必要だと思っていた彼女は、ルームシェアを通じてその考えが少し変わってきたそうです。ずっと一緒にいるための約束がそこに存在していなくても、人と人の在り方には様々な種類がある。そしてそれぞれの関係に救いや楽しさがある。忘れがちですが、断続的な関係を追い求めるということだけが「誰と生きるか」ではありません。今周囲に居合わせている友人や知人との関係が、自分を変えてくれることも多々あります。

遠く離れて、共に生きる。

「距離があるって、悪いことだけじゃないのか」。気づいたら、その人は愛しい存在だった

ニューヨークで出会った恋人と遠距離恋愛をしているという彼女。人が誰かを愛しいと思うきっかけも、それを育んでいくやり方も人それぞれ。恋愛に距離は関係あるかもしれない、でも距離がどういった作用をもたらすか、それもケースによって、それぞれ。近い距離で恋愛している人たちの関係性だって一概に言えません。不安をたずさえていたとしても、遠く離れた恋人たちは確実に共に生きているのだと思います。

「だれと生きる」と決めた日から、もうその「だれか」との人生は始まっている

夫とは離れた都市でそれぞれの人生をおくる別居婚をしているという彼女。「何をもって誰かと生きていると言えるのか?」という議題は、制度の問題ではないからこそややこしく、面白いのだと思います。共に生きることを誓い合いたい相手がいること、それが実現できたこと。その事実が存在するということ自体に意味や救いがあるはずです。従来のルールにこだわることを選んでもいい、選ばなくてもいい。二人の関係においても、一人ずつの人生においても、何が最善であるかは当事者が手探りでゆっくり決めていけばいいことなのだと思います。


1月の特集は「#Dearコンプレックス」。コンプレックスと向き合うことは、自分と向き合うことかもしれません。まだまだ格闘している人、うまく付き合っている人、すっかり乗り越えて無敵になってしまった人……。みなさんのコンプレックスとの関係を覗き見させてもらえるような投稿を、Twitterでも募集しています。ぜひハッシュタグをつけて投稿してみてくださいね。

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