冬がはじまった日を覚えている。
人のまばらな駅のホームは、剥き出しの鉄骨が目立ち、さびれた小劇場のようだった。総武線の黄色いテーマカラーが唯一の色味として、駅名に優しさを加えていた。
それぞれの世界に帰るだけのわたしたちは、言葉少なに電車を待った。彼女はちょうど逆方向だ。
「さむう」
しきりにスヌードに首を縮める彼女の顔を見上げたとき、彼女の口元から白い尾のようなものが一筋舞い上がった。
「もう息が白いね」
「……え?」
彼女は自分の吐く息に、そのとき初めて気づいたようだった。
「ほんとうだ」
目の前にそれが表れては消える驚き。お互い確かめるように、無言で何度も小さく息を吐いた。短い呼気の音が、駅のアナウンスに混じって、夜を撫でるみたいに響き合った。
彼女の息の方がひと際白く、見上げている高さの分、美しかった。それは無限に生まれ続ける高潔さだった。
見つめていることができずに、わたしは目をこすった。白い靄越しに、この目の赤さは際立つだろう。
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