すべてが一時的なものだからこそ、なかったことにはしたくなくて写真を撮っているんだと思う
桑沢デザイン研究所に在学していた2014年に『第37回写真新世紀』で優秀賞を受賞した草野庸子。雑誌、ウェブ、CDジャケットなど、さまざまな媒体からのオファーをこなしながら、彼女の原点でもある日常の写真を今も撮り続けている。この取材をした数日前までは、来年公開予定のとある映画のスチールを撮るためにハワイに滞在していたといい、日に日に活躍の場を広げている。
専門的に写真を学んだ経験のない彼女が、21歳という若さで新人写真家の登竜門とされる賞に選出されたその経歴は、誰が見ても華やかなものだ。さぞ自信をもっていたのかと思いきや、その知らせを聞いて動揺するほど驚いたのは彼女自身だった。
草野:受賞したときはわけがわからなかったです。ほとんど誰にも言わずに応募して、出したことすら忘れかけていた頃に電話がかかってきて「写真新世紀に選ばれたので、打ち合わせを」って言われたんですよ。学校の仲のいい子に「ヤバい! 写真新世紀に選ばれた」って伝えたら、「え? 出してたの!? ヤバいね〜」みたいな。受賞を知った友達からは「草野さん、写真やってたの!?」って言われたりしたんですけど、「撮ってはいたけど、写真をやってるって言えるのかな?」って、よくわからない返し方しかできなくて。
草野庸子が初めて自費出版で制作した写真集『UNTITLED』(2015年)とZINE『INSTANT』
出身は福島県いわき市。高校生の頃に東日本大震災を経験したのを機に、「やりたいことって、やりたいと思ったときにやらないとだめなんだ」と思ったという。桑沢に進学したのは、東京に出たかったのと、デザインを学びたかったから。写真を撮り始めたのはその後のことだ。
草野:東京へ出ると次から次へと人と出会って、少し距離ができると会わなくなっての繰り返し。しばらく会わない間にその人の情報がアップデートされていくから、このままでは忘れてしまうかもしれないなって思って、写真を撮り始めるようになったんです。
地元にいた頃とは比にならないほどの、人や風景との出会い。たしかに存在しているこの瞬間を忘れないようにとシャッターを切り始めた。カメラは、孫が写真の授業を受けていることを知った祖父から譲り受けたものだった。
草野:当時撮っていたのが、好きだったり楽しい風景ばかりだったかと言われると、そんなこともないかもしれない。今思うと、マックスに楽しかったら写真なんて撮らないですよね。その場を全力で楽しむことより、一歩引いて写真を撮ることを選んでいるっていうのは、撮ることでその瞬間を残しておけるということを無意識のうちに感じていたからだろうなって。この間出した写真集のタイトルが『EVERYTHING IS TEMPORARY(すべてが一時的なものです)』なんですけど、その感覚が根底に流れ続けているんだと思います。
キメよりも、隙間みたいなものを見つけて撮るのが好き
今回、草野が「未来からきた女性」として挙げたのは、アーティストであり、友人でもあるとんだ林蘭。とんだ林といえば、自身のInstagramで発信する、写真やイラストなどの様々な素材を再構築したアートワークで注目を浴び、木村カエラや東京スカパラダイスオーケストラといったミュージシャンのグッズデザインや、アパレルブランドとのコラボレーション、ファッション誌での対談連載など、多岐に渡り活動している。
1年半前に共通の友人を介して知り合って以降、遊びに出掛ける関係だという二人。とんだ林からの指名で写真を数回撮影したことはあったものの、モデルとして撮影したのはこの日が初めてだという。
草野:「未来からきた女性」というテーマを聞いたときに、個人の意志を持ってものづくりをしている女性を撮りたいなと考えていたら、蘭ちゃんのことが浮かびました。仲がいいだけじゃなくて、尊敬もしてるんですよね。私の勝手なイメージなんですけど、蘭ちゃんは、ものづくりのアイデアが次々とひらめいて、パッとかたちにするタイプなんじゃないかなって。私も「この位置で、このポージングで」と事前に決めて撮るんじゃなくて、その場で浮かんだものを大切にしているので、アウトプットは全然違うんだけど、似てる部分はあるのかなって思います。
今日のスタイリングも蘭ちゃんにお任せしました。GEL-MOVIMENTUMは、動きやすいうえに、黒にゴールドのカラーも普段の服にハマる感じでいいですね。私はロケが多くてヒールはほとんどはかないので、自分の仕事のときにも使えそうだと思いました。
とんだ林蘭のinstagram
この日の草野もまさに「その場で浮かんだもの」を大切にしながら撮影をしていた。一か所目の撮影を終えた移動中に、「ちょっとここで撮ってもいいですか?」とすぐに撮りはじめる。シャッターを切りたいと思う瞬間を構成する要素のようなものはあるのだろうか?
草野:人物のポートレートを撮るときだと、隙間みたいなものを見つけて撮るのが好きですかね。キメよりは、その前後の表情とかが好き。ロケーションに関しては色を大事にしていて、今回、ピンクの壁の前で撮ったときは、「壁のピンク、お洋服のブルー、植物のグリーン=いいじゃん!」って自分の中で伝達されたんだと思う。
ただ、日常を撮るときと、仕事で撮るときは違いますね。写真新世紀で賞をいただいた作品がスナップ的な写真だったので、仕事でも「草野さん、あのテンションで」と依頼されることが多いんですけど、最初はそれがけっこう難しかったんです。「初対面の人をいきなりあのテンションで撮るなんて、無理に決まってるじゃん!」って思ってた(笑)。でも、最近の仕事では、なんとなくその場でいいなと思ったときにパッと撮るというよりは、「その瞬間」を探すために自分を研ぎ澄ませるようになってきました。
佐内正史さんに「ちゃんと写真に向き合おうとしているね」って言われたのが嬉しかった
2015年のインタビューでは、「メディアが同じ写真家ばかりを使うなかで、自分がどうそこに入り込んでいくか」と話していた草野。それから2年が経ち、昨年からは、派遣社員として働いていたコールセンターを離れ、写真で生計を立てている。着実にキャリアを重ねているように見えるが、自分ではどう感じているのか。
草野:あの頃よりも私を認知してくれる方が増えたのはありがたいなって思います。写真集も2冊出して、それを見た方が連絡をくれて、お仕事につながったりとか。2015年の頃は、賞をとったばかりでぽっと出というか、「へぇ、こういう人が出てきたんだ」っていう見え方だったと思うんです。そこから2年間やり続けられてよかったなって思いますし、ここからまた今とは違う感じになっていくのかな? って結構楽しみです。
そういえば、新世紀のときに私の写真を選んでくれたのが佐内正史さんだったんですけど、この前久しぶりにお会いしたときに『EVERYTHING IS TEMPORARY』を渡したんですよ。そしたら、「新世紀のときに見た草野さんのブックは、ボロボロで、ババっと雑にレイアウトしてあったんだけど、この人は、写真はうまくないけれど、キラキラしたものを持ってるんだろうなって思って選んだよね」って言われて。その後、渡した写真集を見てくれて、「ちゃんと写真に向き合おうとしているね」って言われたのが嬉しかった。
草野庸子の二冊目の写真集『EVERYTHING IS TEMPORARY(すべてが一時的なものです)』(2017年)
草野が写真を撮り始めてから4年。20歳から24歳になった彼女は、自分が撮る写真について「遊び方も、世界の見え方も変わったからか、少し前よりも暗くなったような気がする」と話す。変わらないのは、あの頃も今も自分の写真が好きだということ。
草野:私は、自分の写真を1冊に閉じ込めて作品にしていく時間が好きなんですけど、普段仕事をするときと、そうやって作品をつくっているときは違う脳みそを使っている感じなんですね。でも、仕事で忙しくなると、自分の写真をあんまり冷静に見れなくなってくる。仕事の写真と日常の写真に差がある方ではないので、気持ち的にグレーな部分が増えてしまって。そうなると、作品を出すのがどんどん難しくなっていくんだろうなって思うけど、仕事も作品づくりも、両方続けていきたい。そのためには、「自分って、こういう人間だったよね」ということを忘れないようにしないとって思っています。
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