心身ともに健康に生きていくことは、実はとてもむずかしい。心は体につられ、体は心につられ、どうしたって揺らいでしまう。今日1日を元気に過ごせるか否かすら予想がつかない日々を生きるわたしたちにとって、「健康」であるとは一体どういうことでしょう。身に迫る危機として深刻に思い悩む前に、こだわりを持てそうな生活のトピックやごく些細な不調に注目し、まずはそこから向き合ってみるといいかもしれません。意識することは、きっと慈愛の第一歩。木枯らしにさらされる冬の日々、みなぎるほど元気ではなかったとしても、どうか大丈夫な日々が増えますように。うれいなく、何事にも取り組めるあなたになれますように。
今回は、体の健康や心の機微にまつわるイラストを描きとめるイラストレーターたちを紹介します。自分以外の誰かは、たとえば何に愛情を感じ、どんな違和感を抱きながら、日々をおくっているのか。あなたの「ヘルシー」について考えるきっかけになれば幸いです。
身体表現へのリスペクトをイラストに、一乗ひかる
第13回グラフィック『1_WALL』ファイナリストに選出された経歴を持ち、一年間のデザイン事務所勤務後、現在はイラストレーターとして活動する一乗ひかるさん。
彼女が描くアスリートは、シンプルなアウトラインにも関わらず、迫力的な肉感と熱気に満ちています。これらの洗練された構図、そしてポップな色合いは、スポーツへの関心の有無を問わず人々の記憶に残るのではないでしょうか。各競技の未知数の魅力に加え、「健康的」ということの美しさがいきいきと目に飛び込んできます。
そんな彼女にこのシリーズを描きはじめたきっかけを問うと、
もともと、スニーカーなどの靴が好きで、それをテーマにしたイラストを描いていました。 靴を魅せるための構図で絵作りしていくうちに、この構図をスポーツに応用したらかっこよくなるのではと思ったことがきっかけです。 わたし自身は運動が苦手なのですが……アスリートってその人自体が作品のようなものなので、自身の体で表現できる人たちへの憧れもあるのかもしれないです。
という返答が。躍動的な構図はこうして生まれたのですね。彼女にとっての運動のように、実践するには苦手意識があるモノの中にも美しさや憧れを見出すことができたら、視野と共に人生の楽しみ方が広がっていきそうです。
「食」そのものへの純粋な愛情、マメイケダ
『HB Gallery File Competition』Vol.26副田高行特別賞、Vo.27仲條正義賞受賞の画家・イラストレーター、マメイケダ。作品集に『味がある。』『ふうけい』があるほか、装画や雑誌などで活躍しています。
食べ物のイラストで話題になった彼女。Instagramだけでなく、日々のごはんを絵日記のように記録したものが一覧できるFlickrも必見です。食事の横には雑感が添えられており、そこに流れていた空気や感情など、描かれていないものにまで想像が膨らみます。そして次第に、日々の取るに足らない食事、忙しい日のずぼらな食事さえ愛おしく思えてくるから不思議です。
食べ物にまつわる絵の制作に取り掛かったきっかけについて、彼女はこう話してくれました。
絵を描き始めたのは5年前です。高校を卒業して地元島根のお惣菜などを作る会社に就職し、私は店内で調理をする仕事に就きました。ある日パートさんに料理の盛り付け方や作り方を紙に絵を描いて教えたのが絵を描き始めた最初のきっかけです。そのメモ紙に描いた絵は店長や専務に上手だねと褒められ、店内に置くポップも手描きで私が作ることになりました。
絵も字も描いて、色を使って本格的に描きました。それがとても楽しく休みの日にも描くようになりました。だんだんと絵を描く仕事をしてみたいという思いが生まれ、その思いがとても強くなったので思い切って会社を退職し大阪に出ました。大阪に出てからバイト漬けで疲労で絵を描かなくなりました。これは良くないと思い、毎日少しでも絵を描くため「ごはん日記」をつけるということをしました。描かなければ、という気持ちで描き始めたごはん日記ですが、思いのほかまたそれが楽しくどんどん描きました。バイト漬けだった毎日に絵を描く時間を持つことで、今思うととても精神的にも救われていたのだと思います。
幸福なことに、現在は飽食の時代。消費社会の情報の中で起こる感覚の麻痺は、いまや普通のことですが、本来ならばヘルシーとは言い難い状態かもしれません。そんな中、見た目の良さやめずらしさではなく、そして美味しさですらなく、純粋に「食べること」を愛するマメイケダさんの姿勢は、「麻痺」とはあまりにも対照的です。食そのものに対する喜びを思い出し、食生活を重んじることができたら、ヘルシーな日々はきっともう目前。そして食に限らずとも、こんなふうに健康的なまなざしを持って何かに愛情を注ぐ暮らしそのものが、まぶしいほどに豊かだと思います。
心情や気配に日々目を凝らす作家、millitsuka
第14回グラフィック 『1_WALL』ファイナリスト、第206回『ザ・チョイス』入選の経歴を持ち、2018年春に開催された個展『泥のように眠って』でも話題を呼んだイラストレーター・エディトリアルデザイナーのmillitsukaさん。
微妙な心の動き、または憂鬱な気配など、デリケートな部分に注視したものが数多く見られる彼女のイラスト。そこにあるのは決してネガティブなイメージではなく、あるがままの、ままならない不調です。ごく個人的な違和感を代弁してくれているかのような、クリティカルなキャプション。わたしたちの揺らぎを煮出したようなニュアンスの、ときに不穏で、ときに安寧を感じさせる色合い。そして、表情は見えなくても絵の中で確かに息づいている女性たちに、思わず目を奪われます。
現在のようなイラストを描きはじめたきっかけについて、彼女はこう語ります。
ほぼ毎日何かしらを描いているので、同じことを続けていると現在の精神状態を把握したり、わずかな身体の変化に気付くことが出来るようになります。簡易的な幽体離脱を繰り返し、自分自身から少し離れたところで日々の物事や情緒の整理整頓ができるのがよいと思います。それらが面白くて、繰り返し制作を続けています。
毎日自分の精神状態を理解するための時間を設けること、これは絵を描いていない人にも、もちろん可能です。たとえば就寝前にお茶を飲みながら一日を振り返ったり、短い日記をつけてみたり。些細な変化や揺らぎに気を配って向き合うことで、自ずとオリジナルの息抜きの方法や、折り合いのつけ方が見出せるかもしれません。