「未映子さん、子どもを産んだほうがいいですか?」と聞かれたときは、本当に困ってしまうんです。
野村:出産とひとことで言ってもそこにはさまざまな局面があって、悩んでいる方は本当に多いと思いますし、その理由もそれぞれですよね。
川上:30歳前後や30代後半の読者の方から「どうしたらいいですか?」ってよく聞かれるの。でも、この質問への回答は本当に難しいですよね。多くの人が「結婚して妊娠して出産する」というのを当たり前だと思っているけれど、考えれば考えるほど全然当たり前じゃないんだよね。
「でも未映子はやったじゃんか」と感じる人もいると思うのですが、自分の人生にレアなことが起こったっていう実感がすごくあるんです。当たり前のこととしてではなく、いくつかの偶然と、それについて考えてきたことの蓄積が重なった──そんな出来事だったと思う。
川上:だから、どうして今だに当たり前のように「女は◯歳になったらこうするべき」と思っている人が多いのか、社会がそうなっているのかが分からない。今は夫婦のどちらかに経済を任せて、どちらかが家の中のことをするという分担も成り立たないわけですよね。ひとりで家族3人とか4人分の経済を担うことはもうできない。そうすると、夫婦の両方が働くことになる。
女性は子どもを産むことで、継続して仕事をすることへのハンデを負うからサポートが必要。けれど社会状況は変わらないので男性が育児に参加できない。女性の負担は、ひとりで生きていたときの何倍にもなります。「女の人もしっかり稼げ! でも子どもは産みなよ!」というOSができつつあり、でも男の人たちがいる会社の論理は変わらない。どないしたらええんねん、って本当に思うよ。
想像上の結婚とか出産とか、母親になることと、現実にはすごいギャップがある。私も完全にそうだった。だから「未映子さん、子どもを産んだほうがいいですか?」と聞かれたら、本当に困ってしまう。その人個人の環境に拠るところが大きいんです。たとえば実家が太いかどうかといったことから、パートナーの性格に至るまで。
野村:質問の中に、「結婚や出産はいつか自分の身に起こることだと思っていたんだけど、実はそうではないのかも」という声もありました。
川上:入学式とか卒業式とかみたいな感じで、結婚や出産が「訪れるものだ」っていう時代があったんだよね。今作の主人公である夏子は、子どもを欲しいと思うけれど、収入も不安定だし、アセクシャルとはっきり書いてはいませんが、誰かとセックスすることへの欲求もほとんどありません。つまり、いわゆる親になる条件を、ほとんど満たしてないんだよね。
『夏物語』は、そういう状況の中でも、妊娠出産を通して特別な誰かに会ってみたいと思ったときに、女の人が誰にも欲望されずにひとりきりで親になることができるのか、ということを問いかけた小説です。それをSFや寓話的に書くこともできたけれど、読んだ人がリアリティを持って「実践できるかもしれない」と思えるように、私は絶対にリアリズムで書きたかった。2019年の今、女の人は何かを決めるときにどう行動し、何を考えるのかということをしっかり書いておきたかったんです。