自分がそのことに対してどれだけ考えたか。それが本当の意味でのキャリアだと思う。
野村:今回ハッシュタグで集めた感想の中には、男性からの声もたくさんありましたね。
川上:どの感想も大事に読ませてもらいました。すごく嬉しかった感想の一つに、夏子とすごく似ている境遇だった男性のものがあって。彼はお母様が自分と兄弟を支えるために昼は保育園、夜はスナックで働いていたそうなんです。当時は貧乏なことや、夜のお店で働く母のことがすごくイヤで、「なんで僕たちを産んだんだろう」とずっと思っていた。体を壊した母を見て、自業自得じゃないかと思ってしまう自分すらイヤだったそうなんですね。
でも、『夏物語』を読んだことで、自分の子どものころを肯定されて、自分たちが生きてきたことを抱きしめられた感じがしたと言ってくださった。「どんな事象にも後から意味を見出して、生きていけるのが人間だ。母の子でよかったと、後出しの言葉で思う」と言ってくださった。これはすごく示唆のある言葉ですよね。結局「今」って常にすり抜けていくものだから、後から「それってなんだったのか?」と、思い返すしかないんですよね。だから辛いことも、後からそれがなんだったのか理解することができるようになる。
野村:まさに「後出し」ですね。
川上:じゃあ私たちが「今」に対してできることといえば、「このことについてはこれ以上考えられなかったから、後悔はできない」というところまで考えることだけなんですよ。恋愛にしても仕事にしても、親との関係にしても。
人から決められた抑圧だったり、打算のみで行動していたら、うまくいってるうちは良いよ? でももしそれがだめになったとき、納得できないじゃない。でも、そのときに「あのときあれを選んだ自分は心底考えた」と思えれば、後悔のしようがない。それが私は本当の意味でのキャリアだと思う。どこで働いたとか、どういう賞を取ったとか、それは人が与えてくれるその時々の状況でしかなくって、本当のキャリアっていうのは、自分がそのことに対してどれだけ本当に考えたか。それしか残らないものなんだよ。
- NEXT PAGE私たちの人生って、まとめられないものだけで成り立っている