She isの更新は停止しました。新たにリニューアルしたメディア「CINRA」をよろしくお願いいたします。 ※この画面を閉じることで、過去コンテンツは引き続きご覧いただけます。
第六回:北海道の子は金木犀の香りを知らない

第六回:北海道の子は金木犀の香りを知らない

12歳の焦燥と孤独。女子校が舞台の青春小説、試し読み

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
テキスト:安壇美緒 装画:志村貴子 編集:谷口愛、野村由芽
  • SHARE

「せっかく北海道まで来たのに、うちら全然それっぽいこと出来てないよね、って話してたんだよね。北海道ったら、自然じゃん? 流星群、うってつけでしょ」
得意げに真帆が白い歯を覗かせると、急にみなみがふてくされた。それ、寮生限定イベントじゃん、とぼやいて、足元の枯れ葉を踏み鳴らす。
「みんな揃って寮で観ようって話でしょ? あたしと奥沢、仲間はずれじゃん」
自宅生のみなみが不満を言うと、真帆は首を大きく横に振った。
「ううん、うちらも寮を出る」
え? と由梨が聞き返す。宮田も耳を疑った。
「でも流星群が観られるのって夜でしょ? 寮って、夜中に外出られるの?」
「たぶん無理だから勝手に出る」
いやいや無理でしょ、と馨が呆れ顔で突っ込みを入れる。今回ばかりは、宮田も馨と同じ気持ちだった。
一同が啞然とする中、その計画に興味を示したのは由梨だった。
「寮出て、どこで観るつもりなの? 流星群」
「まだ未定。ここの山のてっぺんとか?」
「山の頂上って何あるの?」
放送局があるっちゃあるけど、と自信なげにみなみが答えた。
「でも、もう使われてないらしいよ。人いないと思うけど……」
じゃあ上まで道路もあるし、自販機くらいは残ってるんだ、と由梨はそれをポジティブに捉えたようだった。
「自販機も残ってはないんじゃない? あっても誰も買わないじゃん」
「じゃあ飲み物はコンビニとかで買ってかなきゃだ……」
なんだか楽しそうな気がしてきた、と軽はずみに由梨が笑うと、馨が厳しくそれを𠮟った。
「絶対ダメ! 行かないよ、私は。怒られるもん!」
「でも怒られるだけじゃん」
うちの学校、中高一貫だし内申とか関係ないし、人足りないから退学はないでしょ、と慣れた調子で真帆が言う。
真帆と悠はRAPIDだったと聞いた。RAPIDは大手の塾で、上位層は優秀だが、下位まで含めればぱっとしない。
遊んでばかりいたんだろうな、と宮田は思った。
「佳乃はどうする? 行く?」
由梨に無邪気に誘われて、宮田は返す言葉に詰まった。
ちら、とみなみを見てみると、みなみも落ち着かない顔をしていた。
いつの間にか形勢は不利だ。真帆たちは押しが強い。
「……寮生は集団で動けるからまだいいとして、自宅生は無理でしょ。夜道、危険だし」
自分からは断りにくい雰囲気だろうと、みなみを援護するつもりで宮田はそう主張した。みなみって家遠いの? と由梨が尋ねる。
「……校門のスロープ下りたとこのセコマの隣」
「その距離なら五秒じゃん」
自転車とか持ってないの? と真帆に訊かれ、あるけど、とみなみは俯
いた。じゃあ一瞬で来れるじゃん、と悠が決めつける。
「いいじゃん、行こうよ。一人だけ参加しないで、寂しい思いするのはみなみだよ?」
強引にみなみが誘い込まれそうになっていることに腹が立って、宮田はつい口を挟んだ。
「でも夜道で何かあったら、誰も責任取れないでしょ?」
正論が煙たがられたのか、真帆と悠が目と目を合わせた。
「で? そんな優しい宮田さんは? 来るの? 来ないの?」
ベンチに浅く掛けた真帆が威圧的に宮田を見上げる。その目つきに支配的な色を感じて、好きになれないというよりも、嫌いなタイプだと思った。
夕暮れの風が、ビュウ、と吹く。
「……行かない」 
頭に来てそう吐き捨てると、いきなりみなみが声のトーンを変えた。
「やっぱうちらも行こっかな? 実際、家から五秒だし。危ない距離でもないもんねー」
出し抜けにおどけ始めたみなみに、宮田は強い違和感を覚えた。
「やめなよ、別に興味ないでしょ? 無理して行ってどうすんの?」
「いや~なんか行きたい気もしてきたっす。あれじゃん、奥沢も自宅から来るんでしょ? チャリなら夜でも大丈夫そうじゃん」
そのとき、奥沢の顔がふと曇ったのを宮田は見逃さなかった。
「奥沢さんの家って、遠いの?」
宮田がいきなり尋ねると、奥沢の目に微かな驚きが滲んだ。
そのくらい、宮田は奥沢と喋らない。
「学校からは結構、距離あるかな……」
奥沢んちってどの辺? とみなみが尋ねると、真川町、と奥沢が答えた。車の距離じゃん、とみなみが言う。
「え、それはやばくない? さすがにめちゃくちゃ遠いって」
「大丈夫でしょ? 叶、しっかりしてるし」
しっかりしてるもんね、と真帆に顔を覗き込まれて、奥沢は困ったように眉尻を下げた。
どうして奥沢はこんなグループにいるのだろう、と宮田は疑問に思った。奥沢は人気がある。
真帆たちになどかかわらずに、友達を選べばいいのに。
宮田はそこまで考えて、彩奈のことを考えた。
友達なんて、選べない。
「うーん、そこまで遠いんなら、叶は無理しないほうがいいかもね」
由梨が助け舟を出すと、馨も奥沢の手を握った。
「そうだよ、叶なんて超可愛いんだからさ、人一倍気をつけないと!」
「あはは、ありがと。でも行くってもう約束したし。大丈夫だよ」
朗らかな笑みを浮かべながら、奥沢は参加を表明した。
「確かに結構距離はあるけど、国道沿いだし明るいんだ。万が一、帰れなくなったら寮に匿ってもらおうかな? みんなの部屋も見てみたいし」
奥沢が冗談めかすと、それいいね、と由梨も笑った。その噓くさい社交辞令を、宮田は冷ややかに見下ろしていた。
「じゃあ、無事全員参加ってことで」
「待って、私も入ってんの!?」
馨が勢いよく突っ込みを入れても、真帆はもう取り合わなかった。
ピアノ、行こっか、と小声でみなみが宮田の袖をそっと引っ張る。
「宮田さんたち、どっか行くの?」
「……旧宣教師館」
真帆に行き先を尋ねられ、仕方なく宮田は正直にそう答えた。暮れていく四月の寒空を、白樺の木が高く突き刺していた。

旧宣教師館の正面には、煉瓦のアプローチがあった。その脇にはまだ幼い樹々が、等間隔で植えられている。
「真帆、なんかつけてる?」
その手前で由梨が立ち止まると、後ろの宮田はつっかえた。
「なんかって?」
「香水とか」
すっごいいい匂いする、と由梨が鼻を利かせると、すぐにみんな真似をした。宮田も鼻から大きく息を吸うと、ひと筋、甘い匂いが黄色く香った。
金木犀だ、と呟くと、本当だ、と悠も言った。
何それ、とみなみが首を傾げると、その反応を見て真帆が笑った。
「ウソ、知らないの?」
「知らないよ」
「よく咲いてんじゃん、いい匂いがする木」
あるよね、と真帆が悠に同意を求める。私も知らない! と、かぶせるように馨が言った。
「北海道には自生しない木なんじゃないの。寒いから」
宮田がぼそっと呟くと、いま咲いてんじゃん、と馨が突っかかる。
「人の手で植えたから咲いてるんじゃない? 記念植樹したんだって、入学式で言ってたよ」
いい匂いだね、と奥沢が言う。奥沢もまた、金木犀を知らないようだった。

次回を読む

PROFILE

安壇美緒
安壇美緒

1986年、北海道生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2017年に『天龍院亜希子の日記』で第30回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。

INFORMATION

書籍情報
書籍情報
『金木犀とメテオラ』
著者:安壇美緒

2020年2月26日(水)発売
価格:1,870円(税込)
『金木犀とメテオラ』

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
第六回:北海道の子は金木犀の香りを知らない

SHARE!

第六回:北海道の子は金木犀の香りを知らない

She isの最新情報は
TwitterやFacebookをフォローして
チェック!

RECOMMENDED

LATEST

MORE

LIMITED ARTICLES

She isのMembersだけが読むことができる限定記事。ログイン後にお読みいただけます。

MEMBERSとは?